第3話 ガラスの目に色付けるのは

リリリリリリ・・・

カチャッ

ドタドタドタ・・・

「母さん、空!おはよう!」

「おはよう。」

「オハヨウ、オハヨウ、オハヨウ。」

僕の朝のルーティンは7時に起床、そしてインコの空にご飯をあげる。

「空、ご飯だよ。」

コトッと餌が入っている容器を置くと空はパクパクと食べ始める。

その姿はなんとも愛くるしいくて仕方がない。

「そらぁ〜。」

ケージが置かれている棚に両腕を乗っけてまじまじと見つめる。

「翔、ご飯だよ。」

「はーい!」

母さんと僕は手を合わせて朝ごはんを食べ始める。

「いただきます!」

「いただきます。」

ご飯を食べている間はコツコツと容器を硬いくちばしで突く音が聞こえる。

僕はこの瞬間が大好きだ。

「翔は本当に空が好きね。」

「うん!今日ね。隣の席の美桜が『空見たい。』て言ってたから写真見せるんだ!」

「そう、良かったね。空の話ができる友だちができて。」

僕は大きくうなずいて「ごちそうさま。」と手を合わせた。

「空、行ってきます。」

「行ってきます。」

「イッテキマス、イッテキマス、イッテキマス。」

7時50分、僕と母さんは家を出る。

空と離れるのはちょっと寂しい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・


「美桜、見てみて!」

「わぁー。可愛い。」

写真を見せると簡単な声を上げて喜んでくれた。

それがなんだか嬉しくてくすぐったい。

「おいおい、翔、俺にも見せろよ。」

「うわぁー、ヤメてよ。くすぐったい。見せるから。」

脇腹をくすぐっているのは友達の響也。

脇腹が弱い僕は体をよじって抵抗しながら写真を渡す。

「おー、可愛いな。今度実物見せてよ。」

「いいよ。母さんに響也呼んでいいか聞いてみる。」

「やったー。じゃ、これは貰う。」

「あげないよ。」

空虚な僕は友達がいなかった。

一人でもなんだかんだ生きていけるし、必要なかった。

でも今は冗談を言い合ったり、沢山の人と喋ったり、沢山走り回ったり、沢山笑ったり、僕の学校

生活は多色に染まっている。

それはまぎれもなく母さんと空との出会いのおかげだ。

このまま幸せが途切れないことを祈って・・・。


〜五年後〜


翔は中学二年生。

相変わらず空とは大の仲良しで、学校でも楽しくやっているらしい。

家でもとても元気で、ちょっとやんちゃなところもあって、正直、翔と出会ったばかりの頃よりも子

供っぽく見える。

またそれがいいようにも。

「ババァ、ババァ・・・ババァ、ババァ・・・」

洗濯物をリビングに持ち込むときに聞いてしまった。

「ん?空ちゃんどうしたの?」

空は小首を傾げて。

「カァサン、ババァー。」

「・・・翔ー!!」

するとガチャッと玄関が開く音が聞こえた。

「ただいまぁ〜。」

そしてとても呑気な声で帰宅を知らせる。

お母さんがとてもお怒りであることを知らずに・・・。

「母さん、明日はお弁当いらな・・・。」

翔は考えた。

どうして母さんは怒っているのかを・・・。

「ババァ、ババァ・・・。」

翔は納得した。

母さんがお怒りな理由を・・・。

「ショーウー・・・。」

「あー。」

冷や汗をかく翔。

「すみませんでしタァー!」

逃げる翔と追い掛ける私、そしてそれを静かに見守る空。

40代後半の女性を舐めてはいけない。

「ヒェェェェェェー。本当に、本当にすみませんでしタァー。」

「こら待て翔!」

「コラ、コラ、コラ・・・。」

この翔と母さんの言い合いに空が参戦したのを聞くと翔はその場に立ち止まってえ決めポーズをして言った。

「これぞまさしく『四面楚歌』。」

「きどってんじゃないわよ。」

そしてまた追いかけっこが始まる。

本当に元気なバカ息子に育ったものだ。

血の繋がりなど気に留めもせず、こうやってやり合うのも多々。

毎日それなりに楽しいものだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・


「響也ぁ〜腹減った。」

「俺に言われても困るって。てか早くね?まだ2時間目だぞ。」

俺は後ろの席の響也に話しかけると響也は渋い顔して言う。

「だって・・・空が・・・。」

「空に朝飯食わせてたら自分が朝飯食うの忘れたんだろ。」

「・・・正解。」

さすが、小学生からの親友は良く分かっている。

「お前の彼女は『空』か、て。」

「違う。家族。」

「はいはい。」

このやり取りはお決まりである。

翔の空への愛がどれくらいかは響也が一番よく知っている。

「次は音楽。移動?」

「いや、今日は教室。」

そして2時間目の終わりのチャイムと一緒に腹の虫が鳴いた。

こうやって平凡に平穏に毎日淡々と時が流れていく。

そこらの人達とは変わらぬ幸せな毎日だ。

小3までの記憶などおぼろけで、今でも思い出させられる記憶はこれからも覚えているのだろう・・・。


〜「空は・・・ 。」〜


中学2年の3月2日。

ずっと同じ時をずっと過ごすことはできず、空は静かに息を引き取った。

インコの寿命は5年から7年。

でもそれは野生のインコの話で、しっかりと育てていれば14年は生きたはずだ。

空が生きたのは5年と10ヶ月程度。

朝起きたら空の死を目の当たりにした。

思い出すのは小3のときに見た無様な姿で死んだ鳥。

あの血まみれの姿とは大きく異なり、空は静かに眠っている。

頭の中で考えさせられるのはやはり何がいけなかったのだろうかという事だ。

異変がなかったわけではない。

昨日の空は異様に元気で、ずっとケースの中を飛び回っていた。

きっとそれが死の合図だったんだと思う。

「翔。」

母さんは俺の名を優しく呼ぶが、俺は顔をあげることができずじっと横たわる空を見つめる。

そんな俺の横に静かに母さんは近づいて聞いた。

「泣かないの?」

その問いには何も言わずコクリッと小さく頷き頭の中であのときの事を思い出していた。

燃えて、燃えて、燃えて、煙で見えない元我が家。

その中で死んだ両親への感情は全くといっていい程無かった。

かすれた記憶の中、鮮明に映し出されるのは黒い煙のみ。

俺はうつむいたままゆっくりと口を開いた。


「空は晴れていて欲しい。」

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