第2‐1話 空虚な心の僕(1)
「こんばんは。
大雨の中、自転車を押す手を止め、ゆっくりと振り返って息を吐くように呟いた。
「こんばんは。神様ですか?」
現在、会社から帰宅中。
梅雨が始まった頃だ。
~伝言~
私達はよく
「改めまして、私の名は桜と書いて『
「桜様?」
桜様はとても上品な神様だ。
白い背景にピンク色の桜が散った着物を身に纏い、髪はロングの白髪でピンクのきれいな髪飾りがくっついている。
「はい。この間は
ペコりと頭を下げるお姉さんのような桜様。
「黒臣様?」
私は首を傾げると桜様は「まぁ。」と右手を口元に抑える。
「あのお方、名乗っておられないのですか?」
「え、えぇ。」
桜様は驚いた反応をしながら「申し訳ありません。」と頭を下げる。
その反応を見た私は「桜様が謝る事はないですよ。」となだめた。
どうやら黒猫に化けていた神様の名前は「黒臣様」というらしい。
黒臣様というと以前、自称なまいき神様という我ながら幼稚なあだ名を付けてしまった神様だ。
今更後悔しても仕方がない事であるが、穴があったら入りたいところである。
「黒臣様はあまり表に出しませんが、本当は人が大好きでしてね。たまに人助けをしているのです。きっと、神様の中で1番人好きでしょう。」
すると、桜様は話題を変えるように正面を向いていた顔をこちらへ向く。
その時に私はそのピンク色のきれいな透き通っている瞳に吸い込まれそうになった。
「美紀子さんはあの後、どのように過ごされていますか?」
「そうね。とても幸せに毎日を過ごしています――・・・。」
私はあれからの事を沢山話した。
近場のそれなりに給料の良い会社に入る事が出来た事。
同僚の方と仲良くなり、よく遊びに出掛けるようになった事。
去年の秋には磯至
連絡が途絶えていた昔の友人と再会し、映画や遊園地を楽しんだ事。
桜様は隣で静かに相槌をうち、時には「フフッ」と小さく笑い、時には驚いた顔をした。
長々と話しているとハッと我に返った。
「すみません。止まらなくなってしまって・・・。」
「いえ、きっと黒臣様も喜びます。あっ、そう言えば・・・。」
桜様は何かを思い出したようにごそごそと何かを取りだした。
「黒臣様から伝言を預かっています。」
私は桜様がそっと差し出すきれいに四つ折りにされた紙きれを受け取りそっと開いてみた。
「『空虚な心のガラスの目』?」
「えぇ、それが黒臣様からの伝言です。正直、私にはよく分かりませんが、きっとこれから起こる何かの出来事の暗号か何かでしょう。」
桜様は申し訳なさそうに顔をしかめたが、「お時間をいただきありがとうございました。」とペコリッとお行儀よくお辞儀してその日は別れた。
それから一年。
桜様に再び会う事は無く、毎日がたんたんと過ぎていった。
~旅の途中で仲間を集めて~
1年前と同じ帰り道を悠然と自転車のペダルを漕ぐ。
再び巡ってきた梅雨の時期であるが、雨は降っておらず地面は乾いている。
このまま家に帰れるだろうと胸を撫で下ろした矢先、1粒の雫がポツンッと鼻の上に落ちる感触がした。
「雨?」
最初はポツポツと疎らに降っていた雨はあっという間に激しい雨へと変わった。
「天気予報では今日、雨降らないって言ってたのに!」
大粒の生暖かい雨に打たれながら我が家を求めてとにかくペダルを漕ぐ。
雨のせいでよく前が見えない。
すると突然、小さい子供が視界の端に見えた。
「アッぶな、、、。」
キキィと錆びた音を耳が痛くなるほど響かせ、小さな子供とはギリギリなところで自転車が止まった。
よく見ると、子供は男の子で傘もささずジッとこちらを見上げている。
私は大きさ的に私の実の息子である磯至翔と連想させたが、この子の目を見ると似ても似つかない程に子供っぽい無邪気さが感じられない。
そんな事よりも早く屋根のある場所へ移動しなくては風邪を引いてしまう。
他の事は後回しだ。
「僕ちゃん、どこから来たの?」
男の子は一拍置いて何も言わず「こっち。」と言うように来た方向を指差した。
雨粒はまだうるさく程に地を叩きつけていた。
・
・
・
男の子の後に着いて行くとそこは葬式の会場だった。
そういえばこの子やけに畏まった格好してるなと思っていたのだ。
疑問は山ほどあり、嫌な予感もあったが、とりやえず屋根があったので自転車を止めてそこへ行く。
たまたま職場でいただいたバスタオルあったのでジップロックから取り出しわしゃわしゃと男の子の髪拭いた。
「名前は?」
男の子はゆっくりと口を開き何かを言おうとしたが誰かに遮られた。
「しょ・・・。」
「翔君!!」
若い女性が葬式の会場から出て来て甲高い声で男の子の名を呼ぶ。
私はその女性を見ると開いた口が塞がらずポカンとしていまった。
「実波さん?」
彼女の名を呼ぶとその男の子から目を離しこちらを見るとパッと目を輝かせた。
「美紀子ちゃんじゃない!!」
彼女は磯至蓮の妹、磯至
「ごめんねぇ。翔君、危なっかしくて何考えているか分からないでしょ?」
「はぁ。」
状況が飲み込めない。
私は「翔。」と呼ばれる男の子と同じ目線になる。
「私は高木美紀子よ。名前は?」
男の子はやや視線を下にずらして答える。
「
私の実の息子と同名であることを確認するが、やはりこの子の目に光が無く、どこを見ているか分からない程だ。
私はその目に次はちょっと前の自分の姿を連想させた。
ちょっと前と言っても3,4年前の話であるが、昨日の事のように覚えている。
「あーもう。」
無意識に過去の事を思い出し浸っていると、しびれを切らしたのか実波さんは低い声で唸った。
「いとこの明子とは縁切れてんのに子ども置いて夫婦一緒に天国行くとか何考えているんだろうね。こっちもあっちもこの子の親になろうとしないし。蓮は出張だから、て今日来れないとか言うし。」
怒気を隠そうとしない実波さんを見ているとなんだか呆れてしまった。
でも状況はなんとなく把握でき、男の子、翔が外へ出て来た理由も分かったような気がした。
「あ!そうだ!」
突然、先ほどの怒気を含む声とは裏腹に再び甲高い声で言う。
「美紀子ちゃんが翔君を引き取ってよ!!」
そんな身勝手な。
もう呆れを通り越して目が点になってしまった。
でも、何でだろう。
私は嫌な気持ちは無く『誰かの心を救ってみたい。』と思った。
それからというもの、賛否評論あったものの、私、高木美紀子が三崎翔を引き取ることが決まった。
蓮に連絡すると「自分が引き取ろうか?」と言われたが「ありがとう。でも、大丈夫。」と言って自分が翔を育てると新たに決意した。
――――――――――――――――――――・・・
無意識だった。
本当は怒気を含む大人達の話し合いから逃げたかっただけだった。
雨の中、行くあてもなくさ迷おうなどと微塵も考えていなかったというのに、気付いたら自転車の目の前にいた。
歩き始めてからここまで来た記憶など無いし、雨に打たれたいだとかそんな欲などあるはずもない。
ただ、何かに引かれた。
希望も勇気も期待もしていないハズの僕には怖いほど眩しすぎる一つの小さな光が僕を動かした。
その光が僕の電気となり、いっきに体中に流れ出したよう。
あの時は何も感じていなかったけれど、今思うとあれが俺の光エネルギーだったんだと思う。
吸い寄せられ、翻弄される。
僕のガラスの目に初めてポツンッと光が映し出された。
「明けない夜」は、この世に無いらしい。
~三崎翔~
「服、て本当にこれしかないの?」
フォークで手際良くミートソースの麺をクルクルと回してパクッと食べながら翔はコクリッとうなずく。
話がついた後、翔はそのまま私の家に来て一緒に住む事になった。
今は翔があまりご飯を食べていないという事でとりやえず材料がたまたまあったミートソースを作って食べさせた。
家が丸焦げとなったので中にある物全て焼け落ちてしまい、生き残ったのはランドセルとその日着ていた服だけだった。
「悲しくないの?」
「別に。どうでもいい。」
両親が亡くなったというのに、翔の口から出てくる答えはそれだけだった。
家で何があったのか聞いても良いものだろうか。
頭の中で考えを巡らせていると翔が口を開いた。
「気持ち悪い?」
「え?」
翔は食べ終わると食器を台所へ運び、洗い始めた。
「私が洗うよ・・・。」
「みんな僕の事を『気持ち悪い。』て、言うから。『お母さんもお父さんも亡くして、泣きもせず、気持ち悪い。』て。母さんも父さんも僕は要らないし、ずっと二人で喧嘩するから、静かになったなぐらいにしか思ってない。」
私は胸がキューとなった。
なら、なおさら私が翔を育てたい。
私が、翔の神様にでもなれたら・・・。
「気持ち悪くないよ。」
私は翔を後ろから優しく抱擁した。
翔は驚いたようにに肩に力を入れる。
「ねぇ。」
そんな翔に囁くように言った。
「私を翔の『お母さん』にしてよ。」
翔は小声で呟いた。
「母・・・さん?」
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