空飛ぶ車の周囲の視界が遮断された。黒々とした雲に包まれ、方向感覚がわからなくなる。

「大丈夫です。恋火さんはもともと方向感覚の良いほうでは――痛っ!」

 車内に風楽の声が響く。恋火が握っている彼の手に力を込めたのだ。

 唐突に雲を抜ける。勢いよく飛び出た車の車内から転生の間を見下ろせた。

 螺旋の塔タワー頂上の円形の間の中心に、四つの異なる光が輝いている。さらにその真ん中に白い光が見えた。その傍であの少女が佇んでいる。

 車はぐるっと旋回しながら下降し、転生の間の床に着地した。この場所に自分たちの他に魂はいない。

 車から降りる。転生の間では激しい風が吹き荒れていた。周囲では黒雲がとぐろを巻きながら回転している。

 恋火たちが近づいていくと、少女が振り返った。感情が停止したような白い瞳。口元には楽しそうな笑みが見える。

「何してるの?」

 風に負けない声で、恋火は少女に問いかけた。

 少女は答えなかった。ただただ無邪気な笑みを浮かべている。

 恋火は少女の背後に見える光を見た。真ん中に置かれているのは、以前少女が持っていた卵みたいな形状のもの。そこから、白い芽のようなものが突き出していた。

「悪かったね」

 レッドが恋火の肩に手を置いた。

「きみは濡れ衣を着せられたんだ。彼女が種を盗み出したことを死神たちに悟られないために。いろいろ大変だっただろう?」

「確かに大変だった」

「あの種が、新しい記録の大樹ツリーの種だ」

「光ってる四つの光は?」

「きみたちが実らせたカルマの実だよ。世界を形作るには四つの力が必要だ」

「あなたは彼女を止めないの?」

「……僕は」

 レッドの調子がいつもと違う。彼は自分のことを「俺」と言っていたはずだ。恋火のことは「あんた」と呼んでいた。

 レッドは悲しげな表情で俯いたまま黙り込んでしまった。

「恋火さん!」

 風楽が種の方向を示している。

 種から、白い芽が急速に伸び始めた。

 それは茎となり、幹となっていく。

 新しい記録の大樹ツリーの誕生。まだ植木のように小さな。

 バチバチバチと弾ける音がして、恋火は体のバランスを失った。

 空間が崩壊している。稲光が奔り、円形の間の床が崩れ去った。

 時空が歪み、混沌に飲み込まれていく。

 五感が乱され、世界を認識できない。

 その中で、恋火は確かに、右手に温もりを感じた。

 強く、握り締める。

 白い光に包まれた。

 崩壊していく世界の中で、四人は白い光の中にいる。

 恋火の隣に風楽がいた。手を繋いでいないほうの風楽の手が、眩い光を放っている。

 風楽がその手を開いた。そこに、白い葉があった。現世で恋火が風楽に渡したもの。白い大樹の葉。

 世界の繋がりを感じる。ここだけではない。無数に枝分かれしているそれぞれの世界。その全てが、崩れ去っていく。

 この世界を観測しているのいる世界も。

 助けが必要だった。世界の崩壊を食い止めるために。


 歌を。










 わたしたちの歌を。










 響かせて。










 の歌声を。










 の想いを。










「恥ずかしがらなくていいんですよ」










「ちゃちゃっと終わらせちゃお」










「音痴でもいいさ。想いを乗せてくれ」










「あなたの力を、私たちに貸して」










 歌を、歌って。










 永遠とわに続く、わたしたちの歌。










 そして、続けよう。










 輪廻の旅を。










 恋火たちは渦巻く白い雲の上にいた。魂の力で、浮いている。

 幾千の人々の歌声が聴こえた。波のように合わさり、響いている。

 それぞれの世界。

 それぞれの想い。

 その全てを乗せて。

 ただ一つの願いを。

 世界の無事を。

 歌った。



 新しい記録の大樹ツリーの前で、少女が両手に顔を埋めて泣いていた。

 恋火は少女に近づいていく。

 そして、彼女の頭にそっと触れた。



***


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