螺旋の塔へ

「私たち地上に戻りたいんだけど」

 恋火はレッドに向かって言った。

「どうやって帰ったらいい?」

「元来た道を戻ればいいんじゃないか?」

「上に行く階段が消えちゃったみたい」

「まあそりゃ、仮にもここは監獄だからな。侵入者をみすみす帰すつもりはないってことだ」

「ご託はいいから早く帰り方教えて」

「おいおい。俺に対する信頼が厚すぎるな。もし俺が来なかったどうするつもりだったんだ?」

「そんなことは考えてない」

「それでこそ恋火さんです」

 風楽が恋火の援護射撃をした。水羽と愛地は少し呆れていたが。

「あなたは何の策もなしにこんなところへは来ないでしょ。どうせ帰るなら私たちも連れてって」

「はいはいわかったわかった。美人さんにここまで言われちゃしょうがないな」

「恋火さん。美人ですってよ」

「ああそう」

「ただし、条件がある」

「わかった。なんでもする」

「本気か? じゃあ俺と――」

「わーーーー!」

「それで?」

「ああ。とりあえず戻りながら話すか」

 そこまで喋ったレッドは恋火たちと少し距離を取り、右手の親指と人差し指を口元に当てた。

 ピュー、という甲高い口笛の音が響く。

 恋火たちはその様子を見守っていた。

 静寂。血の色の空には何も変化はない。

 レッドが恋火たちのほうに向き直った。

「さてと」

「えっ? ちょっと今の口笛は何だったんですか!?」

「ただの景気づけだ」

「翼の生えた竜とかが飛んでくるところじゃなかったんですか?」

「馬鹿野郎。実際にそんなのに乗ってみろ。すぐに真っ逆さまに落っこちてバキバキのグチョグチョになって死ぬか、恐怖でションベン漏らすだけだぞ」

「そ、それは嫌ですけど」

 レッドはローブの懐に手を差し込んだ。次に手を出した時に、一貫のお寿司ぐらいのサイズのものをつまんでいた。よく見ると、それは自動車のミニチュアに見える。

 レッドがそのミニチュアを放り投げた。すると地面にぶつかる寸前でボカンと音が鳴り、実寸大の自動車が現れた。どことなくカエルっぽいレトロな型だ。

「車? 便利そうだけど、それでどうやって戻るの? それじゃあ階段があったって上れない」

「まあ聞いて驚け。こいつは空飛ぶ車ってやつだ」

「うん驚いた」

「くっ」

 レッドは胃が痛むかのような仕草をした。心に傷を負ったのかもしれない。

 運転席にレッド、助手席に愛地、後部座席に恋火と風楽と水羽が乗り込み、エンジンをかけ発車した。というより、いきなり地面から浮き上がった。嫌な浮遊感に襲われる。

「恋火さん」

 隣を見ると、風楽が恋火に近いほうの手の平を開いていた。高いところが苦手な恋火に対する気遣いだろう。

 恋火は彼の手の上に自分の手をのせ、握った。風楽が満足げに微笑む。

「ふふ。本当に恋火さんだ」

「なにそれ?」

「嬉しいんですよ。あなたの傍にいられて」

 恋火は自分の顔が熱くなるのを感じる。どうして彼の言葉はそんなに真っ直ぐなのか。

「また、一緒に歩いていけますね」

「うん」

「好きです。あなたのこと」

「……」

「ゴホン!」

 風楽と反対側に座っている水羽がわざとらしい咳払いをした。レッドはアハハと笑っていたし、愛地も笑いを堪えていた。

 恋火は他の人間に気づかれないよう、握っている手に少しだけ力を込めた。彼にこの気持ちが伝わるように。

 五人が乗った車は血の黄昏に向かって上昇していく。宙に浮かんでいる信号や踏切の合間を縫い、さらに上へ進む。

 空の中で一ヶ所、妙に白く光っている部分があった。レッドはその光に向かってハンドルを切っていく。

 光の中へ入った。周囲が淡い光に包まれる。

 やがて唐突に外へ出た。近くに螺旋の塔タワーが見える。魂の庭ガーデンに帰ってきたのだ。レッドはそのまま車をさらに上昇させていった。

 魂の庭ガーデンの様子がおかしい。暗雲が立ち込めているかのように暗い。上空に目を向けると、螺旋の塔タワーの周りに黒雲が渦を巻いていた。

「この世界が、拒絶しようとしている」

 先ほどまでの軽い感じとは打って変わり、レッドが真剣な声色で言った。

「何を?」

 恋火は訊いた。

「新しく生まれようとしている、世界だ」

「世界?」

「世界はすなわち大樹。全ての理を記録する装置」

「もしかして、あの女の子が?」

「ああ」

「新しい世界が生まれたら、この世界はどうなるの?」

「わからない。対消滅が起きる可能性もある」

「世界が無くなるってこと?」

「かもしれない」

「じゃあ止めなきゃ」

 その恋火の言葉にレッドは反応しなかった。思い詰めた表情で何かを考えている。

 螺旋の塔タワー。魂が転生へと向かう場所。永久に繰り返される輪廻のように、どこまでも続くような螺旋階段を上る。その先に辿り着く転生の間。

 空飛ぶ車は螺旋の塔タワーの外壁に沿って上昇を続けた。吹きつける風が段々と強まっている。

 恋火は、瞳に何も灯さない白い瞳の少女の姿を思い浮かべた。

 彼女に魂はあるのか。彼女はどうして新しい世界を作り出そうとしているのか。

 考えているうちに、恋火たちを乗せた車が黒雲の中に突入した。

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