空業・運命

新芽

 魂の庭ガーデンの空が黒に染まった。柔らかな風は止まり、草花は陰り、そこにあった穏やかな情景は消えてしまった。

 螺旋の塔タワーの周りの上空に暗黒の雲が渦巻いている。庭に佇む幾千の魂たちは、その光景を眺めた。

 不穏な、まるでこの世界が終わりを告げようとしているような様。

 螺旋の塔タワーの頂上へ向かって一つの白い光が飛んでいった。



「風楽!」

 恋火が風楽とレッドと一緒に血の色に染まった神殿のような場所を出た時、水羽と愛地の姿が見えた。風楽の姿を認めた水羽が駆けてくる。

 風楽と水羽が抱擁を交わした。

「まったく、心配かけて」

「すみません」

 水羽の目に微かに光るものが見える。

 恋火は二人の向こうで静かに佇んでいる愛地に目を留めた。彼の左腕全体に夥しい量の包帯が巻かれている。恋火は彼に近づいた。

「何かあった?」

「ん?」

「それ?」

 恋火は愛地の左腕を指差した。

「ああこれか。あれだよ。腱鞘炎。キャベツの千切りのしすぎってやつ」

「ごめん」

「どうした?」

「付き合わせちゃって」

「あのなあ」

「ありがとう」

「……」

「ちょっとちょっと!」

「コラ!」

 風楽と水羽が怒号を上げながら近寄ってきた。

「なにいい感じの雰囲気作ってるんですか!?」

「私たちを差し置いて!」

 愛地が笑いながらぽりぽりと頭を掻いた。恋火はなんでもない顔でそっぽを向く。

 風楽が愛地の前に立った。

「愛地さんも、ありがとうございます」

 二人も抱擁を交わした。愛地は長身のため、風楽と結構な身長差がある。

「これでやっと、四人で再会できたね」

 水羽が嬉しそうに言った。魂の庭ガーデンで一度再会はしたが、その時の恋火に輪廻の記憶はなかったし、すぐに風楽がいなくなってしまったため、今が本当の再会の時と言えた。

 四人で一頻り再会を喜び合った頃合いを見計らって、それまで静かに見守っていたレッドが口を開いた。

「いいもんだな。仲間がいるって」

 レッドはどこか寂しそうな表情を浮かべている。

 恋火はレッドに近づいて言った。

「あなたにもお礼を言わなくちゃね」

 レッドが彼女に目を向ける。

「おかげで風楽を助け出すことができた。それに、彼らのことも助けてくれたんでしょう?」

「まあ、そうだな。お前たちはもう解放された。死神に追い回されることもないだろう」

「どうして?」

「それどころじゃなくなったからだ」

 レッドはつまらなそうに言う。

「何かあったの?」

「ん? まあ」

「まあ?」

「うーん。なんていうか。生まれようとしているんだ」

「生まれる? 何が?」

「新しい世界が」



 ジジは宇宙空間に漂う記録の大樹ツリーの前にいた。

 大樹のすぐ傍に、全身が白化し固まったニニの姿がある。まるで彼女の時が奪われてしまったような。

 ジジは自分と瓜二つの少女を見つめる。

 自分たちは、二人で一つの存在。

 ジジは自分の片割れに手をかざした。

 時は、動かない。



 螺旋の塔タワーの頂上。転生の間。

 薄紫の髪に白いドレス姿の少女は、そこで一人で佇んでいた。

 円形の間の中心に、四つの実を置く。

 蒼、茶、碧、朱。

 四つのカルマの実。

 その真ん中に、白い種を置く。

 途方もない年月をかけて生み落とされた記録の大樹ツリーの種。

 転生の間はまるで嵐の真っ只中のようだった。豪風が吹き荒れ、黒雲が渦を巻いている。

 まるでこの世界が異物を拒絶しているような。

 かつて少女異物にした時と同じように。

 しかし少女は悲しくなどなかった。

 そう感じるための魂が、彼女には欠けていたからだ。

 四つの属性の養分を吸収し、種から芽が出ようとしている。

 新しい記録の大樹ツリーの誕生。

 新しい世界の誕生。

 彼女が待ち望んでいた世界へ。

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