魂の牢獄
大蛇の口から中へ入ると、それが細長い蛇の体とは思えない、大人が普通に立って歩ける広さの空間が広がっていた。周りは体内の粘膜というより、洞窟の岩肌のようだった。
少し進むと、ドアがあった。家の室内にあるような丸いドアノブの木製のドアだ。しつこいかもしれないが、ここは大蛇の体内のはずである。
恋火がドアノブを回すと、それは簡単に奥側へ開いた。その先に下へ向かう階段がある。
恋火はドアを開けたところで、後ろを振り返った。彼女を見つめる水羽と愛地と目が合う。
「今ならまだ引き返せる」
そう恋火が言うと、水羽と愛地が揃って後ろを振り返った。もちろんそちらには誰もいない。それから二人は前に向き直る。「誰に言ってるの?」とでも言いたげな態度だった。
「恋火。わかってないみたいだから言うけど、風楽を助けたいのはあなただけじゃないの」
「それに、仲間が一人で危険に身を晒そうとしているのを黙って見過ごせると思うか?」
その二人の言葉を聞いた恋火は、二人に背中を向けて前を向いた。もう何も話す必要はなかった。ただ誰にも聞こえないような小さな声で「ありがとう」と呟いた。
等間隔で左右に蝋燭の並ぶ階段を下りていく。先が闇に包まれ、どこまで続いているのかわからない。他に景色のない階段を延々下っていると、今自分が階段を下りているのか上っているのかわからなくなるような錯覚に陥った。気を抜くと足を踏み外して転がり落ちそうだ。
やがて階段の終点に辿り着く。少し進むと、開けた場所に出た。
空が燃えている、と恋火は思った。その空間に天井は無く、黄昏よりもっと赤い、血のような色の空があった。
空間には妙なものがたくさん浮かんでいた。現世で見た信号、標識、黄色と黒の踏切、住宅、ビル、自動車、本棚、タンス、冷蔵庫にテレビ、挙げていくとキリがない。それらがまるで玩具箱に乱雑に放り込んだようなランダムな向きで赤い空のそこかしこに浮かんでいる。空はノイズが走ったテレビ画面のように時折不安定に震えた。
耳には寂しげな風の音が響いている。鼻には少し焦げくさい臭いと生臭さがあった。
「ここが
水羽がぼそっと呟いたが、その問いには誰も答えられない。
地面は黒く、アスファルトのような硬さだが、ところどころ隆起したり陥没している。住宅を囲う塀のような壁があるが、それはだいたいが崩れかかっていた。まるで終末の現世へやってきたような場所だ。
三人は唖然としながらも先へ足を進めていく。
「ねえこれ」
水羽が何かを見つけたらしい。
見ると、そこに黒い棺桶があった。
「これってもしかして、中に魂が囚われてるのかな」
「おそらく、そうだろう」
水羽の言葉に愛地が応えた。
「じゃあこの中に風楽がいる?」
「いないと思う」
恋火が言い、二人が彼女に目を向けた。
「そこから、彼の気配は感じない」
自分たちはお互いに磁石のように引きつけ合う、特別な関係の魂だ。この棺桶に何が入っているかはわからないが、そこに風楽の魂が無いことぐらいはわかる。
三人は道に沿って再び歩き出した。そして先ほどと同じような鎖に繋がれた棺桶を何度も見つけた。真っ赤に染まった空(それを空と呼べるなら)の色を見続けていると、そのうち気分が悪くなりそうだった。
しばらく進んでいくと、背の低い壁の影になった場所に、下へ向かう階段を見つけた。ここにはもっと下があるのか。
「おいちょっと待て」
愛地が警告した。
「今何か聴こえた」
言われ、恋火も耳を澄ます。
微かに空気が震えている。獣が喉を鳴らしているような、そんな音。まだだいぶ遠い。
「なんかやばそうな奴がいるみたいだ」
「じゃあ気をつけて行こうか」
恋火がいつものように淡々と言うと、水羽と愛地は呆れたような顔になった。
下へ向かう階段に足をのせる。
この先に、風楽がいる。
必ず、もう一度、彼に会う。
恋火の胸の内で決意の炎が燃え上がっていた。
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