司書と少女

「よう」

 浮世の鏡シアターのロビーで恋火の姿を見つけたレッドは、いつものように声をかけてきた。

 恋火は彼に近づき用件を告げる。

「あなたに尋ねたいことがある」

「へえ、あんたが俺に。珍しいな」

魂の牢獄プリズンの場所を教えて」

「理由は?」

 レッドは恋火がその質問をすることがあらかじめわかっていたかのように、表情も変えず訊き返した。

「そこに囚われている彼を救うため」

「やめといたほうがいい」

「どうして?」

「仮に助け出すことができたとして、そしたらお前らはお尋ね者だ。逃げられる場所なんてない。世界のどこにも」

「じゃあ逃げなきゃいい」

 それを聞いたレッドが高らかに声を上げて笑った。

「ハハ、やっぱりあんた面白いな」

「べつに笑わせようとしたつもりはない」

「あんたのその心意気は嫌いじゃない」

「それで、どこなの?」

「どうして俺に訊く?」

「あなたに訊けって言われたから」

「誰に?」

「白い瞳の少女」

 一瞬、レッドの顔から表情が抜け落ちた。

「あの子が、いるのか?」

「知り合い?」

「さあな」

「これで三回目。魂の牢獄プリズンの場所を教えて」

 レッドはテーブルに肘をつき、他方を向いて考え込むような顔になった。もう片方の手で顎に形成されている無精ひげをさすっている。

 彼の目が再び恋火に向いた。

「あそこには、番犬がいる。そいつに喰われたら魂は消滅する」

「そう。わかった。四回目。場所は?」

「はいはい、わかったよ。俺の負けですよ」

 レッドが一度カウンターの下に体を隠れさせ、次出てきた時に持っていた手の平サイズの小袋をテーブルの上に置いた。

「一つ訊いていい?」

「何だ?」

「前あなたはそこから地図を取り出したけど、そこには何があるの?」

「なんでも引っ張り出せる魔法のポケットってやつだ」

「見てもいい?」

「それは駄目だ。企業秘密だからな」

「そう。で、その袋は?」

螺旋の塔タワーの周辺のどこかに、蛇がいる。まずはそいつを見つけろ。見つけたら蛇にその袋の匂いを嗅がせるんだ。蛇がボケーっとしてきたら、口から中に入れ」

「蛇の中に?」

「ああ」

「嫌だ」

「嫌ならやめとけ」

「それも嫌だ」

「駄々こねるな」

「嘘吐いてない?」

「信じないならそれでもいい。もう俺が話すことはない」

 恋火はテーブルの上にある袋を手に取った。

「ありがとう。感謝してる」

「そうそう。素直が一番だ。今のあんた可愛いぞ」

「デートはしない」

「誘う前から振るな」



「やあ、■■」

 恋火が去った後、レッドは穏やかな声でそう言った。近くの支柱の傍で白いドレスの少女が佇んでいた。

 レッドに声をかけられた少女は、楽しそうな笑みを浮かべて彼のほうへ近づいてきた。

「久しぶりだね。元気だった?」

 レッドの言葉に少女はこくんと頷いた。

「きみはなんだか、彼女たちに強く肩入れしているみたいだね。そんなに気に入ったの?」

 少女は大きく頷いた。

「うん、まあ。確かに面白いよ。ちょっと特異な運命も持っているし。賑やかだし」

 少女はにこやかに微笑んでレッドの話を聞いている。

「きみは今、記録の大樹ツリーの『種』を持っているかい?」

 少女は笑いながら首を傾げて不思議そうな目を向けた。

「大丈夫。告げ口なんかしない。正直に言ってごらん」

 少女はにんまりと笑い、首を上下に振った。

「そうか。きみの考えていることはなんとなくわかるよ」

 少女は白い瞳でレッドを見つめた。

「あとは、『世界』が決めることだ」

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