転生の間
世界が回っていた。
天蓋のない、
前後左右、全ての方向に見える雲が塔に対して回転するように動いている。それはまるでこの塔自体が回転しているような錯覚を与えていた。ゆっくり回る竜巻の中心にいるような。見ていると目が回り、バランスを失いそうだ。
円形の間の中心では、一つの魂ずつ、転生が行われている。それは二つの光、魂と記憶に分かれ、記憶を残し魂が天へと飛んでいく。輪廻の糸に乗った魂はやがて一つの生へと辿り着く。残された記憶は
「さあさあボサッとすんな! 後がつかえてるぞ。さっさと飛んでけ」
ジジがパンパンと傘で床を叩きながら転生の順番を待つ魂、白いローブの人間たちを叱咤した。
「ジジ。急かしたって早くなるものじゃないわ」
催促するジジをニニはたしなめた。
「ラーララー、ラララー」
ジジが両手を振り左右にステップを踏みながら踊り出した。
「ジジ。歌って踊ったからって早くなるものじゃないわ」
ニニにそう言われたジジはしゅんとなって俯いた。小さな体を丸めてしゃがみ込む。
「ジジ。しゅんとしたからって――」
「うるさいやい!」
「どちらかというとあなたのほうがうるさいと思うわ」
「ニニ。お前はどうしてあいつに記憶を返したんだ?」
ジジが急に真剣になって言った。
「あいつ? あの火の子のこと?」
「風の子を身代わりにする意味がわからん。あいつはシロだろ」
「そうね。あの子は餌よ」
「おびき出すつもりか?」
「何か出てくるならそれでいいし、何もないならそれでいい」
「お前怖いな」
「誰が種を盗んだのか。何が目的なのか。それを把握しないと」
「目的はわかりきってる」
ジジは前に進み出ながら再び転生頑張れの舞を踊り始めた。
ニニは小さい体で愛らしく踊る自分の片割れをじっと眺めた。
つられて、ニニも踊り出した。
黒の双子の激励を受けながら、魂は輪廻へと向かっていく。
「一人になりたい」
そう告げた恋火を残し、水羽と愛地はその場を去った。
恋火は近くで適当な木を探し、そこによじ登って太い枝に腰かけた。
現世の子供時代。恋火は嫌なことがあると一人で公園に行って今のように木に登り、そこで時間を潰した。その行動にとくに意味があるわけではない。ただそうしていると、なんとなく気持ちが落ち着いてくる気がしたのだ。
恋火が木の上で過ごしていると、必ず風楽が初めに彼女を見つけた。風楽がまだ幼稚園に通っていたころから。
「なにしてるの?」
「べつに何もしてない」
「そこ、たのしい?」
「べつに」
恋火が冷たくあしらっても、風楽は絶えず楽しそうな笑みを彼女に向けてきた。
その瞳はどうしてそんなに真っ直ぐなのだろう、と恋火は思う。そんなことをしているうちに、次第と嫌なことなど忘れてしまった。
恋火は一度だけ、風楽に会いたいがために木に登ったことがあった。しかし風楽を待っているうちについウトウトしてしまって、枝から滑り落ちてしまった。幸い大きな怪我はなかったが、その日から恋火は高いところが少しだけ苦手になった。
今
彼はもう、思い出の中にしかいない。
この思い出は、彼が与えてくれた。
そのかわり、彼はもうここにいない。自分の前から姿を消した。
「ふふ、ふふふ」
鈴を転がしたような音が響いた。
眼下に白いドレスの少女がいて、笑みを浮かべながら恋火を見上げていた。
その笑顔は、風楽のものとは種類が違う。少女の笑みは、その先に何も見えなかった。楽しそうなのに何かが欠けた、人形のような笑み。魂の抜け殻のような。
恋火は木から下り、少女を見据えた。
記憶を取り戻した恋火は、思い出せた。目の前にいる少女は
「何か用?」
恋火は少女に向かって問いかけた。
少女は相変わらず笑みを浮かべている。
恋火は考える。少女は今の姿そのままに、現世にいた。もしかすると死神などと同じように特別な存在なのかもしれない。彼女はアカシックレコードに接続し恋火の記憶を引っ張り出したのだ。普通の魂にそんな真似できるわけがない。
恋火は迷う。この少女に助けを乞うべきか。現世にいた時と同じ状況だった。風楽を救うために、少女の力を借りるべきか。
「レッド」
恋火が考えあぐねている間に、少女が囁くようにそう言った。
「レッド? 彼が何?」
「彼は物知りだから。なんでも知ってると思うよ」
恋火は少女が何を考えているのか、まったく読めなかった。彼女の目的は何だろう? どうして今このタイミングで自分の前に現れたのか。
少女は笑顔で恋火に手を振り、背を向けて去っていった。踊るように軽い足取りで。
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