転生の間

 世界が回っていた。


 天蓋のない、螺旋の塔タワーの頂上。円形の床。壁もない吹きさらしの間。

 前後左右、全ての方向に見える雲が塔に対して回転するように動いている。それはまるでこの塔自体が回転しているような錯覚を与えていた。ゆっくり回る竜巻の中心にいるような。見ていると目が回り、バランスを失いそうだ。

 円形の間の中心では、一つの魂ずつ、転生が行われている。それは二つの光、魂と記憶に分かれ、記憶を残し魂が天へと飛んでいく。輪廻の糸に乗った魂はやがて一つの生へと辿り着く。残された記憶は魂の庭ガーデンの棺桶の中で魂の帰りを待つ。

 螺旋の塔タワーの外壁に沿って二羽のカラスが羽ばたき上がってきた。その二羽は転生の間に降り立ったところで人の形へと姿を変えた。黒いローブを羽織った双子の少女へ。

「さあさあボサッとすんな! 後がつかえてるぞ。さっさと飛んでけ」

 ジジがパンパンと傘で床を叩きながら転生の順番を待つ魂、白いローブの人間たちを叱咤した。

「ジジ。急かしたって早くなるものじゃないわ」

 催促するジジをニニはたしなめた。

「ラーララー、ラララー」

 ジジが両手を振り左右にステップを踏みながら踊り出した。

「ジジ。歌って踊ったからって早くなるものじゃないわ」

 ニニにそう言われたジジはしゅんとなって俯いた。小さな体を丸めてしゃがみ込む。

「ジジ。しゅんとしたからって――」

「うるさいやい!」

「どちらかというとあなたのほうがうるさいと思うわ」

「ニニ。お前はどうしてあいつに記憶を返したんだ?」

 ジジが急に真剣になって言った。

「あいつ? あの火の子のこと?」

「風の子を身代わりにする意味がわからん。あいつはシロだろ」

「そうね。あの子は餌よ」

「おびき出すつもりか?」

「何か出てくるならそれでいいし、何もないならそれでいい」

「お前怖いな」

「誰が種を盗んだのか。何が目的なのか。それを把握しないと」

「目的はわかりきってる」

 ジジは前に進み出ながら再び転生頑張れの舞を踊り始めた。

 ニニは小さい体で愛らしく踊る自分の片割れをじっと眺めた。

 つられて、ニニも踊り出した。

 黒の双子の激励を受けながら、魂は輪廻へと向かっていく。



「一人になりたい」

 そう告げた恋火を残し、水羽と愛地はその場を去った。

 恋火は近くで適当な木を探し、そこによじ登って太い枝に腰かけた。

 現世の子供時代。恋火は嫌なことがあると一人で公園に行って今のように木に登り、そこで時間を潰した。その行動にとくに意味があるわけではない。ただそうしていると、なんとなく気持ちが落ち着いてくる気がしたのだ。

 恋火が木の上で過ごしていると、必ず風楽が初めに彼女を見つけた。風楽がまだ幼稚園に通っていたころから。

「なにしてるの?」

「べつに何もしてない」

「そこ、たのしい?」

「べつに」

 恋火が冷たくあしらっても、風楽は絶えず楽しそうな笑みを彼女に向けてきた。

 その瞳はどうしてそんなに真っ直ぐなのだろう、と恋火は思う。そんなことをしているうちに、次第と嫌なことなど忘れてしまった。

 恋火は一度だけ、風楽に会いたいがために木に登ったことがあった。しかし風楽を待っているうちについウトウトしてしまって、枝から滑り落ちてしまった。幸い大きな怪我はなかったが、その日から恋火は高いところが少しだけ苦手になった。

 今魂の庭ガーデンの木に登った恋火も、もしかしたら期待したのかもしれない。こうしていれば彼が自分を見つけてくれるのではないかと。

 彼はもう、思い出の中にしかいない。

 この思い出は、彼が与えてくれた。

 そのかわり、彼はもうここにいない。自分の前から姿を消した。

「ふふ、ふふふ」

 鈴を転がしたような音が響いた。

 眼下に白いドレスの少女がいて、笑みを浮かべながら恋火を見上げていた。

 その笑顔は、風楽のものとは種類が違う。少女の笑みは、その先に何も見えなかった。楽しそうなのに何かが欠けた、人形のような笑み。魂の抜け殻のような。

 恋火は木から下り、少女を見据えた。

 記憶を取り戻した恋火は、思い出せた。目の前にいる少女は浮世の鏡シアターで見かけただけではない。前世の白い樹のもとで会っている。そもそも、今の状況を招いたのは少女が恋火に記憶を与えたからでもある。恋火はそのせいで、おそらくレッドからの通報を受けた死神に断罪された。

「何か用?」

 恋火は少女に向かって問いかけた。

 少女は相変わらず笑みを浮かべている。

 恋火は考える。少女は今の姿そのままに、現世にいた。もしかすると死神などと同じように特別な存在なのかもしれない。彼女はアカシックレコードに接続し恋火の記憶を引っ張り出したのだ。普通の魂にそんな真似できるわけがない。

 恋火は迷う。この少女に助けを乞うべきか。現世にいた時と同じ状況だった。風楽を救うために、少女の力を借りるべきか。

「レッド」

 恋火が考えあぐねている間に、少女が囁くようにそう言った。

「レッド? 彼が何?」

「彼は物知りだから。なんでも知ってると思うよ」

 恋火は少女が何を考えているのか、まったく読めなかった。彼女の目的は何だろう? どうして今このタイミングで自分の前に現れたのか。

 少女は笑顔で恋火に手を振り、背を向けて去っていった。踊るように軽い足取りで。

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