火業・勇決
恋文
振り返ればいつもそこにいた。
まるで花咲いたように、楽しげな笑顔を向けてくれるきみがいた。
無邪気で、純粋で、真っ直ぐな。
その気持ちは温かく、少しくすぐったくて。
直視するには眩しすぎて。
だけど本当は、見ていたかった。
きみの光を。
私にとっての光を。
伸ばしたこの手は、もうきみに届かない。
失ったものの大きさに今さら気づく。
周りが闇に閉ざされ、悲しみが溢れ出す。
きみに照らされていた幸せはこの手を逃れ、風に流れる花びらのように散っていく。
代わりは世界のどこにも無い。
欠けてしまったピースはきみでしか埋まらない。
だから私は、
必ずきみを見つけ出す。
もう一度、きみの笑顔が見たいから。
***
記憶が戻った恋火は、水羽と愛地に前世で起きた顛末を話した。
死にかけている風楽を救うために白い大樹に向かったこと、謎めいた少女の存在、現世にいながら記憶を所持したこと、風楽を救えなかったこと、現れた死神に記憶を奪われ、死んだか、強制的に
「死神が確か、風楽は
確認するように水羽が言った。それに愛地が頷く。
「禁忌を犯した魂が捕らわれている場所だ」
「風楽は何も悪いことなどしていない」
恋火の言葉に水羽と愛地が目を向ける。
「悪いのは私。目先の欲求に目が眩んだ。駄目だとわかっていながら禁忌に手を伸ばし、無理やり風楽を助けようとした。私のせいで風楽は――」
「よそうぜ。そういう話」
自責の念に駆られる恋火の言葉を愛地が遮った。
「誰が悪いなんて関係ない。俺たちは運命共同体だろう?」
恋火は穏やかに微笑む愛地を見る。そう、彼はそういう人間だった。普段は静かだけど、大事な時に頼りになる存在。
「それにしても、風楽の奴」
水羽が言う。
「らしいっちゃらしいけど。私たちに何の相談もなくいなくなるなんて」
「かっこつけすぎだよな」
愛地が続いた。
恋火は風楽が何を考えていたかを想像する。無論、記憶を失った恋火を不憫に思ったのだ。記憶を失った理由が風楽を助けようとしたからということもおそらく関係している。彼にとっては思いやりのつもりかもしれないが、とんだ見当違い。
せっかくこれまで風楽と築いてきたたくさんの記憶を思い出すことができたのに、当の本人がいなくなってどうする。この行き場のない気持ちはどうしたらいい? これからもずっと一緒にいるのではないのか。
恋火の胸の内に風楽が自分のもとを去った喪失感が巣食っていく。
「ねえ、
水羽が誰へともなく尋ねた。
これまでの全ての記憶を取り戻した恋火も、それがどこにあるのか知らなかった。存在は聞いているが、本当にあるかどうかも定かではない。
「わからないなら、死神に直接訊けばいい」
「やめとけよ」
恋火の提案に愛地が苦言を呈す。
「これ以上奴らに関わると、記憶だけじゃなく魂ごと消滅させられるぞ」
愛地の指摘に、恋火は顔を俯かせた。
自分の悪い癖だ。考えなしにまず動こうとする。自分のその安易な行動のせいで今の状況を招いたというのに。
せっかちですね。風楽がいたらそうつっつくところだろう。
そう言ってくれる彼は、もういない。
これまでいつも傍にいてくれた彼は、これからの魂の旅路で出会うことはない。
もう二度と、あの手を握れない。
「恋火……」
水羽が恋火に悲しそうな目を向ける。
それから傍にきて、恋火の体に両手を回しそっと抱いた。恋火の悲しみをその身に受け流すかのように。
風楽は、光なき場所にいた。
この場所に囚われ、永遠の時を過ごす。
死ぬことも叶わない、地獄の苦しみ。
自分で決めたはずなのに。
これでいいと思ったはずなのに。
会いたくて仕方なかった。
彼女の顔が見たかった。
彼女の声を聞きたかった。
もう一度、彼女の温もりに触れたかった。
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