犠牲
***
愛地との再会を果たした恋火たちの前に、双子のジジとニニが現れた。
さよならの時間だとジジは言った。
風楽は一度恋火に抱きつき、そしてどこかへ去ろうとするように背中を向けていた。
「風楽!」
恋火の声に、風楽は僅かに振り返り、今にも泣き出しそうな悲しい瞳を向けた。
「どこに行く気?」
風楽は答えなかった。彼の口が何度かパクパクと開閉したが、それは声にならなかった。
「こいつは
ジジが恋火に向かって言った。
「尊い自己犠牲よ。彼がそれを望んだの」
ニニが冷たい声色で言う。
「あんたたちには訊いてない」
恋火は双子を無視して風楽を見据えた。
「いなくなったら許さないって言ったでしょ」
「すみません」
「こっちに来て」
「行けません」
恋火は強く歯を噛みしめた。
風楽は辛そうに俯く。
「僕は、悲しかったんです」
「何が?」
「恋火さんが、僕たちのことを覚えていないことが」
水羽と愛地が恋火の横に立った。
「楽しかったです。あなたたちと一緒にいられて。僕は幸せでした」
風楽は恋火たちに優しい瞳を向ける。
「僕のことは心配しなくて大丈夫ですよ。べつに死ぬわけじゃありませんから。だって、もう死んでますもんね」
風楽が痛々しいほどの無理やりな笑みを顔に張りつけた。
「全然面白くない」
「はは。恋火さんは手厳しいや」
「お弁当作ってくれるんじゃなかったの?」
「水羽さんと愛地さんに頼んでください」
「そろそろお別れは済んだか?」
ジジが恋火の前に立ちはだかった。右手に黒い傘、左の手の平に朱い光がある。
その朱い光のある左手を恋火の胸に打ち込んだ。
恋火の中でものすごいスピードで意識が渦巻いた。走馬燈のように無数の場面がちらついては消えていく。
混濁する記憶と意識の中で、恋火は見た。
自分のもとから去っていく風楽の姿を。
***
それは輪廻の記憶。いつかの光景。
大学の卒業旅行の最終日の前夜。星を見たいと言い出した水羽の提案で、四人は異国の地の郊外へオープンカーでドライブに出かけた。
愛地がハンドルを握り夜道を行く車の車内は、エンジン音と風の音以外、静かだった。各々がこれまでの旅の道程を振り返り、感傷に浸っているようだった。
もう少ししたら、四人はそれぞれ異なる道へ進むことになる。今までのように気楽に顔を合わせることは少なくなるだろう。楽しかった旅の終わりが近づくにつれ、センチメンタルな気分が押し寄せてくる。
街の明かりと喧騒から離れ、自然豊かな丘の上にやってきた。車に乗ったまま路肩に外れ、丘の斜面の方向へ向かって停車した。ライトを消し、エンジンを切る。
頭上には満天の星空が広がっていた。四人は屋根のない車に乗りながら、幻想的な光景を眺めた。
「綺麗だね」
囁くように水羽が言った。それに賛同する声は上がらなかったものの、みな同じ感想を抱いていた。
「でも、なんかちょっと寂しいね」
水羽が一人で続ける。
「もうすぐみんなとお別れなんだね」
その言葉は四人の胸に儚げに響いた。
空では星々が瞬いている。
「お別れじゃない」
恋火がぼそっと呟いた。後部座席で隣に座っている風楽が彼女に顔を向ける。
「私たちはこれからもずっと一緒。離れてても、繋がってる」
恋火の言葉は、静かに、けれど確実に、四人の胸に届いた。
時間はゆっくりと流れた。その一秒一秒を噛みしめるように。この瞬間がいつまでも続くと願っているように。
歌が聴こえた。風楽が、歌を歌っていた。
懐かしい音色。ずっと昔から知っている歌。
他の三人はその響きに聴き入った。
「ちょ、ちょっと! 僕だけ歌ってたら恥ずかしいじゃないですか」
笑いが起きた。みんな楽しげな笑顔を浮かべていた。
今度は愛地が先に歌い出した。それにつられ、四人揃って歌を歌った。
星々の煌めく夜空を見上げながら、悠久の時を願った。
その光景は、四人にとっていつまでも忘れられない大切な記憶だった。
***
風楽は、あの時の記憶を恋火に思い出してもらいたかった。四人でともに生きた大切な時。
そのために、死神と取引をした。
風楽は二人の死神とともに、
どんなに見上げても先の見えない、無限の回廊。
だが、これから風楽が行くのは見上げた目線の先ではない。
螺旋の塔の地下。
囚われの魂が眠る、
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