幕間・魂の庭の休日

見つけたもの

「よう、お前たちいいところに」

 ある時恋火と風楽が浮世の鏡シアターのロビーを通りかかると、レッドがそう声をかけてきた。恋火の顔を見つけるといつも必ず何かしら話しかけてくるレッドだが、この時はいつも以上にご機嫌の様子だった。

「べつに私たちにとってはいいところでもない」

「そんな恥ずかしがるなって」

「……」

「で、だ。一つ頼まれてくれ」

「嫌だと言ったら?」

「俺とデートだ」

「わかった、頼まれる」

「ぐっ。即答だな。まあいい」

 レッドがカウンターの下から一枚の紙を取り出した。見ると、それはどうやらかなり簡易な魂の庭ガーデンの地図らしい。今いるこの場所と、螺旋の塔タワーらしき場所が書き込まれ、少し逸れた場所に×印がつけられている。風楽も恋火の横にきて地図を覗き込んだ。

「この場所にあるものを見つけてきてほしい」

 レッドが×印を指差して言った。

「そこには何があるの?」

「それはもちろん、見つけてからのお楽しみだ」

「どうして私たちが?」

「見ての通り、俺は忙しいんだ」

 ロビーに入って目にした時、暇そうにテーブルの上に上半身を投げ出していたのはどこの誰だろう?

「見返りは?」

「俺とのデ――」

「じゃあ、行こう風楽」



 恋火と風楽は魂の庭ガーデンを歩いていた。

 恋火の隣を歩く風楽は、終始ニコニコと笑顔を浮かべている。

「楽しそうだね」

「はい、楽しいです」

「どうして?」

「恋火さんと一緒にいられるので」

 そこまで真っ直ぐな気持ちをぶつけられると、言葉に詰まってしまう。

「恋火さんは楽しくないですか?」

「どうかな」

「恋火さんがどう思っていても、僕の気持ちは変わりませんよ」

 恋火はますます黙りこくることになった。下手に口を開くと、恥ずかしがっていることを悟られそうで。

 前方に大地の切れ目の崖が見えた。行き止まりだ。

「これで七回目の行き止まりですね」

 風楽は批難するのではなく楽しそうに言った。地図を持っているのは恋火のほうだ。

 恋火は黙って風楽に地図を渡した。受け取った風楽はクスクスと笑った。おそらく恋火が方向音痴であることを知っていてあえて何も言わなかったのだ。

 風楽が地図を持ってからは、一度も行き止まりにならずに進んだ。

「たぶん、この辺りだと思います」

 そこは小高い丘だった。遠くまで魂の庭ガーデンの景色を見渡せる。

 灰色の空。緑の大地。色鮮やかな花畑。低い位置を漂う白い雲。柔らかな風が自然の息吹きを運んでくる。

 丘の上には、簡易なつくりの木製の椅子が二脚並んで置かれていた。

「せっかくなので、座ってみましょうか」

 風楽の提案に恋火は頷く。

 丘の上の椅子に二人は座った。

 しばらく無言でのんびりしていた。時間は雲のようにゆったりと流れていく。

「お弁当でも作ってくればよかったかもしれないですね」

 そう口を開いた風楽に恋火はちらっと目を向ける。

「得意なの? 料理」

「苦手ではないと思います」

「私はどうだった?」

「ああ、うん。繊細というよりは大胆なものが多かった気がします」

「口に合わなかった?」

「いえ。ちょっと男っぽい料理でしたけど、美味しかったですよ」

「そう。風楽は何か食べたいものある?」

「恋火さんが作ってくれるんですか?」

「機会があれば」

「やった。嬉しいです。楽しみにしていますね」

 風楽は心からそう思っているような笑顔だった。

 恋火は彼のその笑顔を見ると、心が和んだ。

 きっと自分は、これまでの生で何度もその笑顔を目にしてきたのだろう。

「恋火さん。どうかしました?」

「いや、べつに」

「恋火さんって、自分が思っているほどポーカーフェイスではないんですよ」

「私はべつに自分がポーカーフェイスだなんて思っていない」

「でも、クールでかっこいいです」

「可愛くはないわけだ」

「すぐ照れるところが可愛いです」

「べつに照れてない」

「強がるところも可愛いです」

「風楽」

「はい」

「照れてない」

「わかりました」

 風楽は悪戯っ子のようにぺろっと舌を出した。

 二人の傍を雲が横切った。雲は実体がない、手に触れることができないのに目に見えるのだから、不思議だ。

「あの男」

「男?」

「ここで何かを見つけろって言っていたけど」

「ああレッドさんのことですか。そう言ってましたね」

「風楽は何か見つけた?」

「そうですね。見つけたと思います」

「何を?」

「目に、見えないものです」

 そう語る風楽の瞳は、綺麗だった。

 恋火は彼のその瞳を見つめる。

 綺麗で、優しかった。

「風楽」

「はい」

「すき」

「えっ?」

「……すき焼き」

「……」

「……」

「恋火さん?」

「なんでもない」

「今、なにか言いました?」

「すき焼きって」

「そのちょっと前です」

「覚えてない」

「嘘でしょう? お願いですからもう一度言ってください」

「嫌だ」

「……恋火さん」

「なに?」

「僕も」

「……」

「僕も、好きです」

 風楽の微笑みが目に入る。

 とても大切な、宝物。

 心地良く風が吹き抜ける。

「帰ろっか」

「はい」



 恋火と風楽は浮世の鏡シアターのロビーに戻ってきた。

「おかえり」

「ただいま」

 レッドの四文字に恋火は四文字で応えた。

 恋火と風楽を眺めるレッドは、ニコニコと笑顔だ。

「なにか?」

「いや、お前たちの顔を見るかぎり、ちゃんと見つけられたみたいだと思って」

「どうかな」

「見つけたもの、ちゃんと大切にしろよ」

 恋火はレッドに地図を返した。

 地図の×印で見つけるものは、きっと人それぞれだろう。

 何も見つからない時だってあるだろう。

 恋火は後ろを振り返った。

 そこに、風楽がいる。

 どうしたんですか、と言いたげな目を恋火に向けている。

 恋火は風楽の手を取った。彼は驚いた顔になる。

「行こう」

 その言葉を聞いて、風楽は笑顔になった。

「はい!」

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