風業・愛心

おかえりとさよなら

 愛地が魂の庭ガーデンで目覚めた時、棺桶から出てきたのは彼一人だった。少なくとも、周りの棺桶は全て閉まっている。

 彼はもう少しで、大勢の人間を巻き添えにしてこの地に送り込むことになるところだった。そんなことをしても誰も救われないというのに。

 白い花の花畑。無数の黒い棺桶が鎮座する光景。

 不気味なようで、どこか神聖な雰囲気もある、魂の庭ガーデンの玄関口。

 一服したい気分だった。そういえば、今回の生では煙草は吸ってこなかったと思い至る。以前はヘビースモーカーだったはずだ。

 愛地は棺桶から出て、花畑を歩いていく。

 無様な人生だった。彼女を奪われたことでただただ取り乱した、未熟な生。もし彼女たちに止められなかったら、この手を汚すことにもなっていた。反省し、次の生に活かさなければならない。人間は、基本的に愚かな存在なのだから。失敗を繰り返さなければ、何も学べない。次のステージに進むためには途方もない時間がかかる。だからこそ、輪廻は終わらない。

 花畑を抜け、草原を歩いた。

 とくに意識する必要はなかった。自分たちは自動的に引き合っていく。

 夢の中、月の輝く夜の橋で見た、二人の姿が見えた。

 一人はぶすっとした表情で佇み、一人は笑顔で手を振っている。

「やあ」

 愛地は少し照れながら二人に声をかけた。

「おかえりなさい」

 風楽が嬉しそうに言った。こんな自分なんかでも快く迎えてくれる。

 恋火は何も言わず、愛地をただ見つめていた。

「効いたよ。恋火の蹴り」

 愛地が笑いながらそう言うと、恋火は片手を上げて呆れたようなジェスチャーをした。

 二人の間から、少し離れこちらに背を向けて立っている長い髪の女性が見える。愛地は二人の間を通って、そちらに向かった。

 あと二メートルぐらいのところまで来たところで、足を止めた。

 彼女が今どんな表情をしているのか、愛地にはわからない。

 一度大きく息を吸った。そして。

「水羽」

 静寂。

 しばしののち、水羽がお茶目にジャンプしてクルッと振り向いた。

 振り返った彼女は、笑顔だった。楽しそうな笑顔。愛地が一番見たいと思っていた顔だった。もう二度と見ることは叶わないと思った、その煌めき。

「ただいま」

 愛地のその呟きに、水羽は優しく微笑んだ。

「おかえり」



 宇宙空間に浮かぶ白の大樹。

 その大樹の枝先に、一つの実が生った。

 大地のように茶色の実。

 その様子を見ていた少女は、満足気に微笑んだ。

 平泳ぎをするようにして進んでいき、大樹に近づく。

 そして、その小さな手で茶色の実をもぎ取った。

 ■■■■■■。

 少女は無邪気な笑みを浮かべていた。



 前回の転生からの再会を果たした四人は、螺旋の塔タワーの見える丘に来ていた。柔らかい芝生の上に腰を下ろし、緩やかな風を浴びる。

「まったく二人とも。ずいぶんと危なっかしい生き方でしたね」

 風楽が口を尖らせながら言った。

「心配するこちらの身にもなってくださいよ」

「ごめん、ごめん」

 水羽が明るく応える。

「なんか腹立っちゃって。さっさと死んじゃった」

 まるでテレビゲームでゲームオーバーになっただけのような、軽いノリだ。

「愛地さんは愛地さんで、なんか全部ぶっ壊そうとしていたみたいですし」

「あはは」

「あははじゃないですよ」

「でもさ、普通に考えてあり得なくない? 私が生贄に選ばれたのって、一億分の一とかの確率でしょ?」

「きっとある種すごい星のもとに生まれてしまったのでしょう」

「そういえば今回、私たち逢ってないよね」

 水羽が言っているのは、現世で恋火や風楽と会わなかったということだろう。

「印象に残っていないだけで、もしかするとどこかで会っていた可能性はあります。同じ学校の同級生だったとか」

「恋火みたいな超絶美人がいたら絶対噂になると思うけどなあ」

 矛先を向けられた恋火は、答えずに黙ったままだった。

 愛地が彼女に目を向ける。

「どうした?」

 恋火は一度愛地を見てから、視線を逸らす。

「私には」

 風が一枚の花びらを運んでいった。

「過去がない」

 風は寂しげに通り過ぎていく。

「だから、何も話すことはない」

 淡々とした恋火の口調には、確かな切なさが紛れていた。

 隣にいる風楽の悲しげな視線が恋火の視界に刺さる。

 どこかからカラスの鳴き声が聴こえた。

 風楽が立ち上がった。

「恋火さん」

 風楽は泣きそうな顔をしている。つられて恋火も立ち上がった。

 風楽は恋火を見つめ、そしてあの時と同じように恋火に抱きついてきた。

 彼の匂いが香る。

「今までありがとうございます」

 風楽が耳元でそう囁いた。

 胸の内に急速に喪失感が広がり、恋火は風楽を捕まえようとした。しかしその手は、身を翻した彼に届くことはなかった。

 頭上から突然何かが降り立ち、恋火と風楽の間に立ちはだかった。

「さよならの時間だ」

「悲しいわね」

 黒いローブ、フードを被り黒い傘を持った双子。

 ジジとニニだった。

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