滅び
ヘリが都心の上空を飛んでいた。愛地はその機内にいて、体を揺らされていた。
空は青く澄んでいる。ここからだと、都心の高層ビル群はいつもよりちっぽけに見えた。
愛地の隣には協力者のツバメがいた。前の座席には操縦士が一人。
「いいんだね?」
ツバメが愛地に問いかける。愛地は笑った。言葉が少なすぎて、どう答えるべきか迷ってしまう。
愛地が答え損ねているうちに、ツバメは視線を逸らした。愛地は口から出かけた冗談の言葉を喉の奥に押し込んだ。
気分は良かった。自分でも信じられないぐらい。空が晴れているからかもしれない。普段は夜のほうが好きだけど、今日の空にはありがたみを感じた。
ヘリの進行方向に、一際高い建物が見えてくる。象徴的な形の、電波塔だ。
「一つ、お願いがある」
愛地の声に、ツバメが視線を向けた。
「これ以上何かを頼まれろって? 冗談じゃない」
「まあとりあえず聞いてくれ」
「嫌だね」
「あんたは誰がこの世界を救ったか知ってるか?」
ツバメは押し黙った。答えはノーだ。
「俺の愛する
ツバメはじっと愛地を見つめた。
「自分を犠牲にし、この世界を救った人がいる。そのことだけ、覚えておいてほしい」
「あんたが覚えとけばいいだろう?」
その言葉に、愛地はただ笑いかけた。彼のその笑みをツバメは訝しそうに見ていた。
ヘリが電波塔のすぐ近くまで来た。
「いつでも大丈夫です」
操縦士が言った。
「そうか」
愛地は独り言のように呟いた。
大きく深呼吸をして、脳裏に一瞬だけ、彼女の姿を描く。
彼女のことを想った。
「撃て!」
ジュポ!
愛地の掛け声とともに、ヘリの下部に設置されているそれは発射された。
電波塔に向かって。
視界が白と桃色に埋め尽くされていく。
ひらひらと細かな花びらが舞い降りていく。
粉雪のように。
「驚いたよ。初めは爆破する計画だったはずだろう?」
ツバメが呆れたように言った。
愛地はただ楽しそうに笑った。
彼らは、いくつかの目標に、花びらの山を撃ち込んだ。
その光景は、のちのちネットに上がり、拡散されていく。
春が来たとでも言いたげな、安っぽいメッセージ。
世界は明日に向かっていく。
喪失と悲しみを知らずに。
ビルの屋上のヘリポートにヘリは降り立った。
愛地がヘリから降りようとすると、体を支えられずに倒れ込んでしまった。
「どうした?」
心配そうな声色のツバメの声が聞こえる。
愛地は最後の力を振り絞り、自分の体を仰向けにした。
荒い呼吸を繰り返す。
胸が強く痛み、そこに手を当てた。
太陽が眩しかった。自分には眩しすぎる。やっぱり、夜のほうが好きだった。
愛地を覗き込むツバメが彼の体に触れようとした。
「触るな!」
愛地の激しい口調に、ツバメがたじろぐ。
愛地は胸元をまさぐり、ボタンを外してジャケットを開いた。
それを見たツバメが、息を飲んだ。
体の大部分が宝石化した愛地の体を目にしたのだろう。それは今、心臓に到達しようとしている。
愛地はワクチンを使わなかった。シイナに何度勧められても。
水羽の死と引き換えに生き長らえるなんて、自分が望むはずがない。
これでやっと、ようやく逝ける。彼女のもとに。
待ち遠しかった。この瞬間が。
一つだけ、この世界に感謝していた。
自分を彼女と巡り合わせてくれたこと。
愛地の体が強く脈動した。
心臓が石になっていく。
苦しい。
だけど、彼女を失った苦しみに比べれば。
なんてことはなかった。
愛地は意識の最後で自分の体が弾け飛ぶ音を聴いた。
歌
歌が聴こえる
穏やかな音色
心地良い
やっと帰ってこれた
彼女に
会いたかった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます