光りなき道
その観葉植物の名は、忘れてしまった。
自宅リビングの片隅にそれはあり、黄緑色の薄い葉を広げている。動きもしなければ言葉も発さず、ただそこで佇んでいる。
水羽は、植物が好きだった。記念日などに愛地が花をプレゼントすると、彼女はとても喜んだ。
どうして植物がそんなに好きなのか、愛地は水羽に尋ねたことがある。
「だって、健気だから」
彼女はそう答えた。
「植物は自分で動けない。置かれた場所で育つしかない。行動の自由もない。それなのに、立派に育つでしょう? 運命に抗わず、受け入れて、綺麗な花を咲かせる。まるで自分の意志を誇示するように。強いんだよ。人間より全然」
愛地は今はいない、彼女の言葉を思い出した。もしかすると彼女は、強くあろうと願ったのかもしれない。
愛地は、彼女のような強さを持つことができなかった。
彼は持っていたコンパクトな箱を開き、輝きを灯す宝石のあしらわれた指輪を取り出した。
負と死の象徴となった煌めき。その時代を終わらせたのは、彼女だった。
愛地は名前の忘れた観葉植物に近づき、彼女に渡すはずだった指輪を茎の枝分かれしている箇所に引っかけた。その行動には、何の意味もない。気休めにもならない。
愛地は仕事をしなくなった。食べ物もろくに口にしなくなった。それらの行為に意味を感じなくなったからだ。
彼の向かう先に、光は見えなかった。それでよかった。
今の自分には、どんな美しい輝きもどうせ霞んで見えるのだから。
「酷い顔だ」
喫茶店で打ち合わせをしている時、派手な格好の女、ツバメが愛地に向かってそう言った。
「そう? 何と比べて?」
「あたしは今のあんたみたいな顔をしている人間は、これまでに何度も見てきた。全員、ろくな末路を辿っていない」
「それは安心だ」
「引き返すつもりはないの?」
「どこへ?」
淡々と答える愛地の態度を受けて、ツバメは一瞬同情するような表情を浮かべた。
愛地はテーブルに置かれたアイスコーヒーのグラスに手を伸ばす。その手には、手袋がつけられていた。ツバメは彼のその手をじっと観察していた。
「一つだけ、忠告しておく」
ツバメが言った。
愛地はグラスをテーブルに置き、彼女が次を言う前に口を挿んだ。
「小籠包を食べる時は火傷に注意しろ、って?」
一応笑わせるつもりで言ったのだが、ツバメはまったく笑わなかった。
もはや誰が何を言おうと、彼を止めることはできない。彼自身でさえも。走行中に外れて飛んでいったタイヤのように、止まらない。何かを壊すまで。
壊し尽くすまで。
***
「大丈夫?」
恋火は隣のシートに座っている沈痛な面持ちの水羽に言葉をかけた。
水羽は言葉を返すかわりにちらっと恋火に視線を向けた。その視線はすぐに他方へ彷徨っていく。あまり大丈夫そうではない。
「ちょっと、まずいかもしれないですね」
水羽と反対方向の隣に座っている風楽が言った。
「僕たちは現世での行いによって、次の生の道がある程度決まっていきます。愛地さんが何をしようとしているかはわかりませんが、場合によっては次の転生を禁じられる可能性もあります」
「禁じる? どうやって?」
「捕らえられるんですよ。
「
「そう。言うなれば『地獄』に」
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