気がかり

 恋火と風楽、水羽が白い球体に向かって魂の庭ガーデンを歩いていると、ものすごく巨大な生き物の形をとった何かを見た。それは羽の生えた蛇のような、鱗の体を持った鳥のような、恋火が今まで目にしたことのないエネラルドグリーンの体。とぐろを巻く胴体か尾か見分けのつかない場所が絶えず蠢き、それだけで地面を振動させている。体長は少なく見積もっても50m以上はありそうだ。

「あれは?」

 恋火は誰へともなく尋ねた。

「あれは、神様の一種らしいです」

 風楽が回答した。

「名前は、いろいろな呼び方があったんですが、忘れちゃいました」

「食べられる?」

「えっ!?」

「アハハハハ!」

 水羽が高らかな笑い声を上げた。

「どちらかというと僕らのほうが食べられる側だと思うんですが」

「食べられたらどうなるの?」

「同化して神様の一部になってしまうかもしれませんね」

 その巨大な神様は恋火たちにまったく興味を示さず、襲ってくるような様子もない。ただ虚空を見つめじっとしている。神様の考えていることなんて人間にはわからない。

「消化中のカエルみたいだね」

「ちょっと恋火さん、もうやめてください! もし怒って襲ってきたらどうするんですか!?」

「その時はその時」

「恋火の向こう見ずなところは相変わらずだね」

 三人は羽の生えた大蛇の神様を横目に見ながら歩いていった。

 白い球体に辿り着き、宇宙空間を渡っていく。これで三回目の往復になるので、恋火もさすがに無重力に慣れてきた。

 浮世の鏡シアターのロビーに着き、カウンターへ向かう。

「おっ、一人増えたな」

 恋火たちを見てレッドが声をかけてきた。

「はい、無事死んでまいりました」

 水羽が恨めしそうに言うと、レッドは苦笑いした。魂の庭ガーデンに戻ってきたということは、現世で命を落としたということだ。

「ああ、うん。だけど、よく決意したな。その決断がよかったのかどうかは俺にはわからないけど」

「見てたの?」

「こう見えて俺は司書だからな」

「美人のケツばっか追う人間じゃなかった?」

 恋火が口を挿むと、レッドが楽しそうに笑った。彼は普段がぶっきら棒な表情なので、それとの対比が少し新鮮で目を引く。一度くらいならデートしてみるのもありかもしれない。

「恋火さん、駄目ですからね」

 なぜか彼女の思考を悟ったように、風楽が睨んできた。

「お前たち、賑やかだな。だけど、もう一人の様子を早く見にいったほうがいいかもしれないぜ」

 レッドのその言葉を聞いて、水羽が表情を曇らせた。彼女にとっては酷なものを目にすることになるかもしれない。

 通路を歩き、『42』の前に来た。

「恋火さん、どうしたんですか?」

 恋火が部屋に入ろうとせずに辺りをキョロキョロしていると、風楽が訊いてきた。

「いないね。あの女の子」

「ああ、そうですね。気になりますか?」

「ちょっとだけ」

 本当は、ちょっとではなかった。あの白いドレスの少女のことを風楽は見たことがないと言ったが、恋火はここで会う以前にどこかで会ったことがあるような気がしていた。それがいつどこでというのはまったく思い出せないが。あの少女のことを考えると、恋火はなぜか不安になった。

 恋火は風楽の手首を掴んだ。

「恋火さん?」

 風楽が不思議そうな目を向ける。

 恋火は怖かった。

 彼がどこか遠くへいなくなってしまうような気がして。

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