あのころの情景
巻貝のように渦を巻いた建造物。その
心地良い風。草木の匂い。穏やかな魂の楽園。
「ここでこうやって、一緒にいたんですよ」
風楽が微笑みながら呟いた。
「誰が?」
「僕たち四人。恋火さんに僕、水羽さんに愛地さん」
風楽はその時の情景を思い描くように目を細める。
「こうやって座って。
恋火は
「お別れはほんの僅かです。だって、また必ず巡り逢うとわかっていましたから。寂しくなんかなかったですよー」
おちゃらけた風楽の言葉は嘘だとわかっていた。恋火が彼に目を向けると、少し恥ずかしそうに笑った。
恋火はここで自分たちが四人で過ごしている情景を思い描いた。自分には、その時の記憶がなかったから。
「大丈夫です」
恋火の悲しみを悟ったように風楽は言った。
「僕が必ず、なんとかしますから」
「なんとかって?」
「恋火さんの記憶を取り戻してみせます」
そう言って笑った風楽の顔は、どこか引きつっているような気がした。無理をして笑っている。彼は嘘を吐くのが下手だ。
「風楽」
「はい」
「許さないから」
「えっ?」
「いなくなったら」
「……」
「私の前からいなくなったら、許さないから」
風楽は目を見開きながらじっと恋火を見つめた。そして何かに思い至り、嬉しそうに微笑んだ。その笑みは、本物だった。
「はい!」
遠くに人が見えた。ワンピースのような白いローブ姿の女性。ゆっくりとこちらに近づいてくる。
恋火と風楽はその場で立ち上がった。
女性がこちらを見て立ち止まる。
そしてしばらくすると、走り出した。
明るい髪色のロングヘアー。
蒼の瞳。
水羽だった。
***
シイナは鼠色のパーカー姿だった。室内に入っても、パーカーのフードを被り半ば顔を隠している。垂れ下がる前髪の隙間から、恐るおそる愛地の顔を覗き込んでくる。
場所は愛地の自宅のリビングだった。シイナがこの場所を指定した。周りに人のいる状況で話したい内容ではないらしい。
「それで?」
一向に話し始める様子を見せないシイナに痺れを切らし、愛地は促した。
シイナは体をビクッと震わせた後、パクパクパクと魚のように口の開閉を繰り返した。
「あっ、あっ、ああなたにつつつ伝えておかないといけない話が」
「知ってる。だから来たんだろ。早く内容を話せ」
室内には二人の他に誰もいないはずなのに、シイナは前髪の隙間から左右に視線を振って周りを確認した。彼は常に怯えている。
「す、水羽さんについての話です」
その名前が出た途端、愛地の中で怒りが膨れ上がった。今にも暴れ狂おうとする体をどうにか抑えつけ、愛地はただシイナを睨みつけた。
愛地の威嚇に目を泳がせるシイナだったが、それでも言葉を続けた。
「けけ検査の時にわかったんです。本人もまだ知らなかったことだとおお思います。す、水羽さんのお腹の中には――」
愛地は更なる絶望に突き落とされた。
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