地業・破滅
絶望
世界から宝石化症候群が消えていった。
この世界は救われた。
ただ一人の女性を犠牲にして。
あれほど苦しんでいたはずなのに。
未知の奇病に恐怖し、生活の崩壊と命の危機に怯えていたはずなのに。
人々の興味はすぐに薄れていった。
退屈な日々になった。
まるで毎日更新される死者数の表示が恋しいと言わんばかりに。
人は自分とは関わりのない場所にある人の悲劇を甘く感じる。
お菓子を取り上げられた子供のように、あのころの悲劇を期待した。
払われた代償は忘れて。
のうのうと過ごした。
生きていることがあたりまえのように。
自分たちの選択が彼女を殺したことなんて忘れて。
彼は、憎しみを抱いた。
人間たちに。
この穢れた世界に。
本当に消えるべきは、病ではなく、人間だ。
あの奇病は神の思し召し。
本来人間は滅亡すべき存在だった。
もし神が見逃したのだとしても。
彼は鉄槌を下したかった。
不条理な運命に大切な人を奪われた絶望。
思い知らせたかった。
この傷の痛みを。
ある日、愛地のスマートフォンに知らない番号から着信がきた。通話を始める。
「はい」
『あっ、あっ、あっ、あああっ』
「もしもし?」
『すすす、すみません。ぼぼぼ』
「どなたですか?」
『し、シイナ』
しいな? その名前とどもりには覚えがあった。あの陰気な研究者だ。
愛地の内で燻ぶっていた感情に火がつきかける。
「彼女に手をかけた人間が今更俺に何の用だ?」
『すすすすす』
「いい度胸だな。俺に連絡を寄越してくるなんて」
『きっ、きっ、切らないで、ください。はっ、はっ、話があるんです』
「俺は聞きたい話なんて何もない」
『つ、つ、伝えなきゃ、どどどうしても、い、いけない話が。ちょっ、直接会って、は、話したいんです』
さすがにここまで精神を擦り減らしながら訴えてこられると、愛地も無視はできなかった。
「いつだ?」
『あ、明日の午後なら』
愛地はシイナと会う約束をした。
***
たくさんの記憶が、想いが、戻ってきた。
幾度となく繰り返してきた生と死。
彼の優しさは、その中に、いつもあった。
自分が崩れ落ちそうな時、彼はいつも傍で支えてくれた。
彼と交わした約束を思い出す。
また生まれ変わっても。
必ず自分たちは出逢うだろう。
水羽は闇を押しのけて、光を開いた。
白い花の花畑の中に、無数の黒い棺桶が鎮座している。
風が吹き、さらりと肌を撫でていった。
友に会いたかった。
夢の中で会った、会いにきてくれた、あの二人。
そして。
彼に、伝えたいことがあった。
この気持ちをどうか届けたい。
歌声に乗せて。
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