白い樹の傍で
歌が聴こえた。
ずっと前から知っている、
懐かしい響き。
小鳥が大空へ向かって飛び立っていくような。
そんなメロディ。
自分の知らない言語。
歌詞の意味はわからないのに、
とても大切なことを歌っているのがわかる。
歌につられて、水羽は歩いた。
緑豊かな森の道。
木漏れ日に抱かれながら。
大きな白い樹の傍まできた。
周りにたくさんの存在を感じる。
歌が、聴こえる。
「さあ、出番ですよ」
「なんで私が」
二つの声がした。
樹の下に、誰かいる。
朗らかな表情の少年と、無愛想な印象の女性。
知らない。だけど、知っている。
水羽は二人に近づいていった。
二人の瞳が、水羽を見る。
碧と朱。
「あなたたちは?」
水羽は尋ねた。
女性のほうが口を開く。
「私たちは、あなたに近しい存在」
「近しい存在? ご近所さん?」
「違うと思う」
「そこで何してるの?」
「あなたを待っていた」
「私を? どうして?」
「忘れ物を届けに」
「忘れ物? なにか忘れたっけ?」
「水羽さん」
少年が、彼女の名を呼んだ。
「きっと、あなたにはまだ、やり残したことがあります」
「やり残したこと?」
「あなたは救いの道を進んでいます。だけど一つ忘れています」
「何?」
「救うのは、あなた自身。あなたの魂」
「魂?」
「覚えておいてください。どんな時も、あなたは一人じゃない」
「誰かに見守られている」
女性が言葉を継いだ。
「だから安心して、自分の道を進んで」
二人の言葉が何を指しているのか、水羽にはわからなかった。
けれどとても大切なことを教えてもらった気がした。
「歌」
女性が呟くように言った。
「必要な時に思い出して」
それは優しく、心に響く音色。
これまでも。
これからも。
いつまでも続く、
私たちの歌。
入口のドアがノックされた。
愛地が出ようとしたのを止めて、水羽はドアを開けた。
タグチが立っている。
「こちらの準備は整いました。あとは、あなた次第です」
「そう」
「あなたのご家族の生活の保障など、望むことがあれば叶えることができますが。なにか言い残すことはありますか?」
「言うこと聞いてくれるって?」
「無理難題でなければ」
「ふーん。じゃあ、一つだけいい?」
「なんでしょう」
「そんなに時間は取らせないから」
水羽はそう言い、後ろを振り返った。
不思議そうな顔をした愛地と目が合った。
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