救い

 まだ朝露が残るころ。水羽と愛地は小さな教会の前にいた。

「ちょっと間に合わなかったみたいだ。手違いがあったのかもしれない」

「何が?」

 水羽は愛地の言葉に疑問を呈した。

「ウェディングドレス」

 愛地が微笑みながら言った。それは彼のジョークだった。これは小一時間前に決めたこと。発注だってしていない。

「じゃあなんとかしてそのミスを帳消しにしてね」

 水羽は笑い返し、彼とアイコンタクトを取った。彼はクスッと笑った。

 二人は腕を組み、教会の扉を開ける。

 シックでこじんまりとした、静かな教会。彼女たちを迎える人間は誰もいない。

 二人だけの式。

 カーペットの敷かれた座席の間の通路をゆっくりと進む。

「一つ、思ったことがあるの」

「なに?」

「私たちって、以前にも出会ったことがあるんじゃないかって」

「以前? それって」

「前世ってやつ?」

 水羽は彼に笑いかけた。

 通路を進み終わり、祭壇の前まできた。

「ねえ、あなたも聴こえる?」

「何が?」

「歌」

「歌?」

「誰かが見てる。私たちのこと。そう感じない?」

「奴らが監視してるって?」

「違う。私たちを見守っている人たちがいる。夢の中で会ったの。その人たちが、後押ししてくれた」

「よくわからないけど。妖精みたいなもの?」

「かもしれないね」

 水羽は確かに感じていた。二つの光が、すぐ近くにある。目に見えないし、耳では聴こえないけど、彼らは確かにそこにいて、歌を歌っている。二人を祝福してくれている。

「私。もし生まれ変わったら、もう一度あなたに出逢いたい」

 愛地は水羽を見つめた。

「じゃあ、誓おう」

「むふん。えー、汝、時が巡り生まれ変わったとしても、再び目の前の女性と出逢い、愛することを誓いますか?」

「誓います」

「本当ですか?」

「ふ、本当です」

「では、その意志を示しなさい」

 愛地がふっと近づき、彼女に口づけをした。

 顔を離し、すぐ近くで見つめ合う。

 愛する人の顔が目の前にあった。

 水羽の魂が、救われていく。

 彼女は輪廻の理を信じた。

 歌が、聴こえた。



「ご、ごめんなさい!!」

 罪の意識にまみれるシイナの顔があった。

 水羽は装置に繋がれていた。

 シイナが何かを起動したようだ。

 体から、命と呼ぶべきものが吸い取られていくのを感じる。

 視界が闇に閉ざされていく。

 何も感じなくなっていく。



 意識が遠ざかっていく。



 自分が消えていく



 何も



 ・



 ・



 ・



 ・



 ・



 聴こえる



 微かに



 光が



 あの歌が



 そう



 そうだった



 思い出した。



 嘘じゃなかった。



 帰ろう。



 あの場所に。



 魂の庭ガーデンに。



***



 白く眩い光を放った後、大樹に蒼の果実が実った。

 少女はその様子を眺めていた。

 楽しそうに。

 嬉しそうに。

 笑って。

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