覚悟の滴

「ぼ、ぼぼ、ぼぼ、僕は、ひ、人殺しなんです」

 こちらから何か尋ねたわけではないのに、突然シイナがそう切り出した。

 水羽は診察台の上で検査を受けていた。血液を抜かれたり、機器と線で繋がっている吸盤のようなものを体に取りつけられたりした。その最中に、シイナからの告白を聞いた。

「人殺し? 人を殺したの?」

「ぼ、僕が作ったんです。そ、装置を。刑務所に入っている人が連れてこられて。そ、それで」

「酷い話。でも、それはあなたが望んだことではないでしょう?」

「僕のせいで、あ、あ、あなたも死にます。本当は代わってあげたい。で、でも、駄目なんです。怖いんです。死ぬのが」

「死ぬのが怖いなんてあたりまえのこと」

「すす、すみません」

「あなたは救おうとしたんでしょう? 病から人を救うために研究をしたんでしょう?」

「ち、違う。僕はただ……」

 その後に続く言葉はシイナの口から出ることはなかった。



 水羽は検査から解放された。控え室で、愛地とともに待つ。

 コン、コン、と入口のドアがノックされた。立ち上がろうとした水羽を制して愛地がドアを開けに行った。

「失礼します。少し、よろしいですか?」

 タグチだった。彼の顔など見たくもなかった。

「もしよろしければ、首相がお話をされたいということです」

「首相? 国のトップが、私と?」

「この国を救う英雄に感謝の意を述べたいと」

「なるほど。そうね。わかった。私は話はしない。かわりに、『糞っくらえ』って伝えておいて」

 立ち尽くすタグチの眼鏡の奥の目が若干細くなった。



 研究施設の簡素な控え室の中で、水羽と愛地は人生の中で最も短く最も長い時間を過ごした。ソファの上で体を寄り添わせながら。

「ねえ。あなたがこれまで何十回、もしかすると何百回も頭の中で考えてきたかもしれないこと、教えてあげようか」

 水羽の問いかけに、愛地が小さく頷いた。

「あなたは私と代わりたいと思っている。私の代わりに自分が死んでもいいって」

 愛地は水羽を見つめながら、静かに続きを待った。

「だけどあなたは、一度も私にその話をしない。なぜなら、私がそんなこと承知しないと知っているから」

 愛地は少しだけ楽しそうに、微笑んだ。

「あなたは強い人。もし逆の立場だったら、私は我慢できない。あなたがいなくなった後の人生を一人で歩んでいく自信が、私にはない」

「俺にだってないよ」

 水羽の手を握る愛地の手に、力がこもった。

「私はね。自分が死ぬことよりも、あなたと別れてしまうことが悲しい」

「それならいっそのこと」

「一緒に死にたいと思ってる? でも、そんなことしたって意味はない。死んだら終わり。あとには何も残らない。死後の世界なんて無いんだよ」

「だとしても俺は――」

 言いかけたところで、愛地ははっと息を飲んだ。

 水羽のまぶたからポタポタと涙がこぼれていた。

「こんな時代じゃなかったら、もっと幸せになれたかもしれない。あなたと一緒にいられる時間をもっとたくさん味わうことができたはず」

 その涙は、水羽の覚悟だった。彼女は自分の運命を既に決めていた。

 最後にもう一度だけ、水羽は愛地の温もりに包まれた。



***



「恋火さん。お願いがあります」

「観覧車には乗らない」

「そ、そのことじゃありません」

「なに?」

「僕は、このまま水羽さんの人生が断たれることを望みません」

「じゃあなに? 彼女がどこかに逃げられるよう計らえって?」

「いいえ。そんなことはできません」

「ねえ前から思ってたんだけど」

「はい」

「風楽の話し方ってちょっと回りくどいところあるよね」

「ええっ!? そんなふうに思っていたんですか? ショックです。って、言ってる場合じゃありませんよ」

「どうするの?」

「仲間として、メッセージを送りましょう」

「どうやって?」

「だから今からそのことを話そうと思ってるのにもう。恋火さんはせっかちですね」

「うんわかったそれで?」

「まったく。いいですか。これから僕たちは水羽さんの夢と接触します」

「夢?」

「人が夢を見ている時は、アカシックレコードと接続している状態なんです。それを利用します」

「ふーん。よくわからないから任せた」

「恋火さんは昔から大雑把なアナログ派ですからね」

「今なにか馬鹿にした?」

「いいえ全然なにも」

「それで?」

「一つだけ注意をしてください。僕たちはあくまで見守る存在として接触します。死後の世界の存在やアカシックレコードの利用をほのめかしてはいけません。そのことは僕らの御法度なんです。人は人生が一度きりだと思って生きていかなければなりません」

「そう。じゃあやろう」

「はいはい」

「はいは一回でいい」

「はいっ!!」

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