閉ざされた未来

「水羽?」

 彼女の様子に異変を感じた愛地が声をかけてきた。

 しかし水羽は彼の声に反応することができなかった。床に落ちた受話器も戻さず、茫然と立ち尽くした。

 テレビ画面にはルーレットによって決定された十二桁の数字が表示されている。水羽は一度そこに目を向け、それからバッグの中から財布を取り出し国民一人一人に配布されている個人番号が記されたカードを取り出した。そのカードを持っていき、テレビ画面の数字と見比べる。

 その二つの数字は、一桁の違いもなく完全に合致していた。

 愛地が水羽が持っているカードを覗き込んだ。そしてはっと息を飲む。

 水羽は驚くほどカラカラになっていた喉からどうにか声を絞り出す。

「今、政府の人間から連絡がきた。私が、選ばれたから。明日の深夜に家に迎えに来るって。それまでは何をしていてもいいって」

 水羽の告白を聞いた愛地は、信じられないというように茫然とした。

「うそ……。何かの間違いだろ?」

「ううん。間違いじゃない。これはきっと、罰だよ。人の死を他人事のように考えて。報いを受けるべきなんだ」

 その言葉は、まるで自分でない誰かが勝手に喋らせているような気がした。彼女の本心から出た言葉ではない。

「くそっ!」

 愛地は吐き捨て、拳を握り締めた。

「俺は許さない。水羽が犠牲になるなんて。俺がどうにかかけ合ってみる」

「それで?」

「……それで?」

「それで、宝石化症候群は治まるの? また他の誰かが生贄になるんじゃないの? 私たちの知らない、誰かにとっての大切な誰かが、犠牲になるんだよ」

「それは……」

「ちょっと一人で考えさせて」

 水羽はその場から逃げるようにして寝室に向かった。

 部屋に入ってドアを閉め、明かりを点けないままベッドに突っ伏した。

 まだ事実を受け止め切れない。それが正直な気持ちだった。世の中の人間は自分が当事者となるなんてこれっぽっちも考えていなかっただろう。この広い世界の中で、生贄として選ばれるのはただ一人だ。

 少しずつ、事実が理解を侵食していった時、水羽の胸の内に湧いたのは、悲しみでも怒りでもなく、恐怖だった。

 自分は死ぬ。自分を形作っていたものが粉々に砕け散り、跡形もなく消え去る。自分がいなくなった後の世界のために。

 水羽の体がガタガタと音を立てて震え出した。自らの滅びを悟った魂が、肉体を恐怖に操られる傀儡にした。体は震えるばかりで何の役にも立たない代物と化した。

 カチャッ、とドアノブが捻られる音がした。ほとんど音を立てずにドアが開き、閉まる。

 人の気配が近づいてくる。彼女の好きな人の匂いが漂ってくる。

 明かりのない暗闇の中、彼がそっと彼女の体に触れた。震えの止まらない彼女の体に。

 ベッドでうつ伏せになっている水羽の傍に座り、背中をそっと撫でてくる。

 それだけでは足りなかった。体の震えは治まらなかった。

 水羽は体を起こし、彼に向き合う。

 近づき、彼の優しさと温もりに触れた。

 彼がいたから、水羽は自分でいられた。

 まるで一つになったように、自分が彼の中に溶け込んでいく。

 そして水羽は知った。

 愛地の体も水羽と同じように震えていた。



***



 二人の男女の映像を流すスクリーンのシートでは、再び重苦しい空気が流れていた。

 恋火は恐い顔でじっとスクリーンを睨みつけている。

「あれが仕組まれたものでなければ、限りなくゼロに近い確率において彼女は選ばれてしまいました」

 風楽の言葉に、恋火がちらっと彼に目を向ける。

「運命が課した彼女への試練は、とても厳しいものですね」

 恋火は俯き加減で何かを考えている。

「彼女たちが下す選択を見届けましょう。そして結果がどうあれ、彼女たちが帰ってきた時は迎え入れてあげましょう」

 恋火が再び風楽に視線を向けた。

 風楽は彼女の朱い瞳を見つめながら囁く。

「おかえりなさいって」

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