束の間の庭

 ヒヒーン、という甲高いいななきが聴こえた。見ると、白い服を着た二人の人間が両手を地面についた四つ足の状態で走り回っていた。二人でじゃれ合いながら走る姿は意外にも軽やかで、足の長い草食動物の走りを彷彿とさせた。もしかすると前世は馬だったのか、それともただそういう嗜好なのかはわからない。そこに自分も混じってみようという気は起きなかったが、べつに誰に迷惑をかけているわけでもないので放っておこう。

 恋火は先ほどの風楽の言葉に対し、疑問を募らせた。

「一つ訊いていい?」

「一つでいいんですか?」

「どうして象の鼻は長いの?」

「象? うーん。それはきっと、嘘を吐いてばかりいたからでしょう」

「もう一つ訊く。どうして私がきみを救おうとしたら、記憶が無くなるの?」

「それはきっと、僕への愛情が深すぎたんですね」

「真面目に答える」

「すみません。そうですね。恋火さんが記憶を奪われたのは、あなたが禁忌を犯したからです」

「料理のつまみ食いをしたとか?」

「ふふ。そうかもしれません」

「真面目に答える」

「恋火さんが先に言ったんでしょう!?」

 会話をする二人の前を、自動車ほどの大きさの宙に浮く円盤型の物体が横切っていった。それはさも当然というように、ゆっくり堂々と通過していく。その毅然とした態度に、こちらの疑問を挿む余地はなかった。

「それで?」

「はい」

「私は風楽を救うために何かをやらかして記憶を奪われた。誰に?」

「死神です」

「へえ」

「何ですか?」

「いや。そいつは大層恐ろしい格好をしているんだろうなと思って」

「恋火さんも見たことありますよ」

「どこで?」

「ねえ、そろそろ戻りませんか? 彼女たちの置かれた状況が気になります」

「あの重苦しい話か」

「話、ではなく、現実の出来事です」

「私たちがそれを知ってどうするの?」

「僕たちは仲間ですから。より良い方向へ進むようアドバイスをしましょう。彼女たちの次の生のためにも」

「あまり気が進まない」

「珍しいですね。恋火さんが駄々をこねるなんて」

「こねてない」

「そうですか。わかりました」

「こねてない」

「わかりましたって」



 優しい風が吹く。頬を撫で、髪を踊らせた。

 魂の庭ガーデンは穏やかだ。平和だ。

 死は安らぎ。生は苦痛。

 それならどうして、自分たちは生へ向かうのだろうか。生と死を繰り返すのだろうか。

 魂の成長とは何だ? そんなに重要なことなのか? 苦しい思いをしてまで手にすべきものか?

 恋火にはまだ、わからなかった。

 もしかすると、それを知るきっかけになるかもしれない。

 恋火たちは再び、あの球体の内部、記録の大樹ツリーの先にある浮世の鏡シアターに向かった。

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