奪われた尊厳
人と人との隔たりを感じる社会となった。
宝石化症候群の感染を防ぐため、できるかぎり肌の露出を避け、他人と極力接触しないよう距離を保つ環境となった。
外出時の肌の露出を避けることは、感染対策の他にも理由があった。
テレビ番組に出演していたある女性タレントが、放送で僅かに宝石化した肌を見せたことがある。それは彼女の命の期限が迫っていることを意味していた。
彼女が宝石化症候群を発症していることが巷に知れ渡り、感染を恐れ彼女に近づく者は誰もいなくなると思われた。しかし違った。
その女性タレントは自宅を出て外出する際に、何者かによって拉致された。感染する危険性よりも、彼女の命の代償である宝石としての価値を欲した者がいるのだ。その後彼女がどうなったのか世間に公表されることはなかったが、彼女の末路を想像することは難しくない。宝石化した後に売りさばくため、おそらく彼女は症状が末期となるまでどこかで監禁されたのだろう。もしかすると、そうなる前に自害したかもしれない。
その事件が起きてから、肌を露出することはより危険なことであると認知された。
毎日、それが正確な数ではないにしろ、把握できる完全に宝石化した人間の数が公表されるようになった。そのほとんどは、遺体としての宝石を丁寧にお墓に埋葬されることはない。すぐに墓荒らしに遭うことがわかっているからだ。人の命を冒涜するのは、同じく人の命を宿しているはずの人類だった。この星で最も醜い生き物。
そんな終末を迎えたような世界になっても、水羽は希望を持って生きていた。
人はただ醜いだけではない。尊く、そして美しい心を持った人たちも確かに存在する。諦めずに、心に尊厳を灯し続ける人たちがいる。そう信じていた。
今人類は神様に試されている、と水羽は思うことがあった。世界を覆う困難を前にし、堕落の道を辿るのか。それとも……。
「一つ言えることがある」
夜、同じベッドの上で体を寄せ合いながら、水羽の恋人、愛地が囁くように言った。
「世界がどうなったとしても、俺は必ずきみの傍に居続ける」
どんな時も揺るぎない彼の信念。水羽は彼の言葉を信じた。
彼の優しさに包まれて、眠った。
翌日、政府が宝石化症候群の抜本的な解決策を講じた。
それは、世界中の人間の命と、一人の人間の命。その二つを天秤にかけるものだった。
***
「酷い話だ」
それは静かな声だったが、節々に彼女の怒りが滲み出ているような気がした。
「恋火さん」
風楽はただ彼女の名前を呼ぶ。
「人の命が軽んじられる世界。これが私が生きた世界だったの?」
恋火は風楽にというより、今ここにいない何かに訴えかけているようだった。
「これは、一つの道です。このような過程を辿ることになった世界も存在するということです」
「私は」
「えっ?」
「私は何もすることができないの?」
風楽は恋火から出てきた言葉に驚いた。
そう。この熱だ。
これが自分にはない、彼女が持っている資質。
最も惹かれる部分。
だから、自分はこの人についていきたいのだ。
「魂だけの存在である今の僕たちは、直接現世に干渉することはできません。ただし」
「ただし?」
「あっ、恋火さん。そろそろ続きが始まりそうですよ」
「……なるほど」
「何ですか?」
「風楽ってそういうとこあるよね」
「そういうとこってどういうとこですか?」
「さあ?」
惚けた顔をする彼女も、綺麗だった。
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