巡り逢う魂

 恋火と風楽は螺旋の塔タワーをあとにし、自然豊かな魂の庭ガーデンに戻って来た。

「少し、休みましょうか」

 風楽の提案に従い、二人は腰を下ろすのにちょうどよさそうな置き岩に座った。

 近くを黄色と水色の蝶々が飛んでいる。

 少し離れた場所で、白い服の人間が無数のカラフルな風船を自分の体にくくりつけている。

 恋火が風船に気を取られていると、隣に座っている風楽が言った。

「僕たちが生と死、輪廻転生のサイクルを繰り返す理由は、魂を成長させることにあります」

 風が吹き、それに煽られた風船に引かれるようにして白い服の人間が走り出した。

「命の概念のない、生き急ぐ必要のないこの魂の庭ガーデンでは、魂は停滞します。何もしていなくても、食いっぱぐれる心配がない。食べる必要がないのですから。いくらでものんびりしていられる」

 走っていた人間が地面のでっぱりに足を取られ躓いた。そのまま転倒すると思ったが、風船の浮力が勝り宙に浮いた。

「だから僕たちは転生し、一つの命として新たに生を受け、困難に満ちたその人生をまっとうすることで魂を成長させていくのです」

 無数の風船にぶら下がった人間が飛んでいく。徐々に高度を上げ、森の木々よりも高くなった。

「ただ、新たな生を送ることになっても、もしその時にあの世の記憶が残っていたら、たとえ死を迎えても再び生まれ変われると知っていたなら、僕たちは成長を止めるでしょう。それではこの魂の庭ガーデンにいるのと変わりありません。そのため僕たちは転生する際に、過去の記憶を一度この場に置いて旅立つのです。そして死を迎えこの地に帰って来た時に、現世で得た魂の成長とともに過去の記憶を取り戻す」

 風船で空を飛ぶ人間は、宙に浮いたまま遥か彼方へ旅立っていった。

「だったらおかしい」

 風楽の話に一切の相槌も挿まなかった恋火は、ようやく口を開いた。

「それならどうして、私は記憶を持っていない?」

 風楽が神妙な顔つきになる。おそらく意識的に、恋火と目を合わせようとしない。

「きみはこれまで目覚めたばかりの私のガイド役を務めてくれた。けれどきみの話を信じるなら、本来ガイド役など必要ない。私はどうして記憶を失ったんだ? どうして記憶が戻ってこないんだ?」

 恋火は昂ぶる感情につられ立ち上がった。

「どうして、きみの顔を見ても、きみとともに過ごした大切な記憶を思い出すことができないんだ!?」

 風楽が目を見開きながら、恋火を見つめた。

 恋火は自分から出てきた言葉に戸惑いを覚えつつも、風楽の答えを待った。

 意識の奥、そのどこかから、目の前にいる少年が自分にとってとても大切な存在であったという想いが去来する。恋火は確かにその気持ちを感じ取った。

 風楽が恋火と同じように立ち上がった。

 美しい顔立ち。

 子供のように、風のように、落ち着きのない。

 けれど優しく自分に寄り添ってくれる。

 その魂。

「そうだ」

 風楽が消え入りそうな小声で、ぼそっと呟いた。

「まだ言ってなかった」

 風楽が顔を上げ、恋火を見据える。その顔に穏やかな笑みがこぼれた。

「ありがとうございます。恋火さん」

 恋火は彼の言葉に不意を衝かれた。それほどまでに、風楽の眼差しは真っ直ぐだ。

「何に対して?」

 恋火は、ようやくそう言った。そして、恋火は風楽から出てくるだろう次の言葉を知っていた。

「僕と巡り逢ってくれたことに」



 風楽は目の前に佇む彼女、外見的には自分より少し年上の女性の姿を見つめる。

 黒のドレス。風になびく灰色のボブカット。朱の瞳。美が彫刻された、近寄りがたいとさえ感じるその神々しい顔。左目のすぐ下にある小さなほくろが、かろうじて人間らしさを醸し出している。彼女の顔のその場所に、いつもそのほくろはあった。何度生まれ変わっても。

 姉弟の時もあった。恋人の時もあった。友人の時もあった。夫婦の時もあった。

 引かれ合う魂。関係の形が変わっても、二人は必ず出会った。あらかじめ待ち合わせをしていたみたいに。

 風楽は彼女に向かって笑いかけた。

 彼女は訝るように不思議そうな顔を向ける。

 いつも僅かにしか変わらない彼女の微妙な表情の変化が、風楽は好きだ。

 戸惑う顔を、もっと見たい。

 だけどやりすぎると怒られることを知っている。

 適度に、バランスを保ちながら。

 彼女の心を揺らしたい。

 ただ、彼女が記憶を失った理由は、まだ言えない。

 言えば、彼女が自分から遠ざかってしまう気がして。

 二度と会えなくなるような気がして。

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