螺旋の塔

 風楽が逃げていった先に、人がいた。白の衣を着た禿げ頭の老人だ。

 老人は平たい石の上に座り、地面に何か小さなものを転がしている。その後転がしたものを確認して、すぐ横の地面に木の棒で何かを刻んでいた。

「何してるんですか?」

 風楽が気さくに老人に話しかけた。恋火はその後ろで様子を窺う。

「出た目の数を数えている」

 老人はこちらに目も向けずに無愛想に答えた。

「サイコロ、ですか? 一番よく出た目は何ですか?」

「四だ。590327216592回中117748419980回出ている。他の目の数も知りたいか?」

「いえ、結構です。ありがとうございます」

 二人は延々とサイコロの出た目を記録する老人を残しその場を去った。

 老人に声が届かない位置まで来たところで、恋火は風楽に話す。

「あのおじいさん。ずっとあそこでサイコロを振ってるの?」

「ずっとかどうかはわかりませんけど。僕は本人ではないので」

「結構な回数振っていたみたい」

「そうですね。まあここでは寿命に急かされることもありませんから」

「暇なのかな?」

「恋火さんだったら十回も振らずに飽きるでしょうね」

「それ、どういう意味?」

「恋火さんせっかちでしょう?」

「そう?」

「ほら、すぐ人のこと蹴ろうとするから」

 恋火が睨むと、風楽は楽しそうに笑った。

「もう一つ気になったことがある」

「なんでしょう」

「服だ。きみとあの老人が着ている法衣のような服はとても似ている。どちらも白い」

「はい」

「対して、私の服は黒だ」

「ゴシック・ドレスのような感じですね。とてもかっこいいです」

「死んだ人間は棺桶に入れられる時、白い服を着せられるだろう?」

「死装束ですね」

「きみたちの服はそれと同じで白い。だけど私は――」

「喪服のように黒い」

 風楽が先を見越したように言ったので、恋火は押し黙った。

 恋火を見つめる風楽の目が、どこか悲しげに見えた。

 恋火は、彼のそんな表情を見たくなかった。

「きみは私について何かを知っているみたい」

「そうですね。そうかもしれません」

「べつにいい」

「えっ?」

「なぜかはわからないけど、信頼できる気がする。きみのこと」

「……」

「言いたくないなら、言わなくていい。まだ」

「すみません」

「謝らなくていい」

「すみま――はい!」



 老人と別れしばらく歩いていくと、遠くに建物らしきものが見えてきた。雲に覆われて全貌は定かではないが、かなりの高さがある。というより、先が見えない。円柱の形をした、縦長の建物だ。

「あれは?」

 恋火は風楽に尋ねた。

螺旋の塔タワーです」

「何をするところ?」

「そうですね。お弁当とか食べてみてもいいかもしれませんね」

「なにそれ?」

「いや。あ、あの」

 風楽は少し照れながら苦笑いした。

「きみが作るの?」

「えっ?」

「お弁当」

「ああ。もし作ったら、食べてくれますか?」

「構わない」

 風楽ははにかみながら嬉しそうに笑った。

 二人は螺旋の塔タワーに向かって歩いていく。

「僕たちは生と死を繰り返す、輪廻転生の輪の中にいます」

 風楽が急に真剣な表情になって解説を始めた。

「肉体が滅び死を迎えた時、魂はこの魂の庭ガーデンへ還ります。そしてあの螺旋の塔タワーから新たな生へと転生し、現世へ赴き一つの生をまっとうするのです」

「ふうん」

「何ですか?」

「仮にきみのその話を信じたとして、その輪廻転生のサイクルには何の意味がある?」

「魂は、ただ漠然と生を受けるわけではありません。僕たちはみな、達成するべき課題を与えられて現世へ赴くのです。その課題のことを、カルマと呼びます」

「よくわからないけど、生まれ変わった時、以前の記憶は無いはずだろう? 課題を持っていったって、覚えてないんじゃしょうがない」

「そうですね。そのこともおいおい説明していきます」

「もう一ついい?」

「なんでしょう」

「私の顔、どう?」

「えっ?」

「私、自分の顔を覚えていないんだ。どんな顔してる?」

「ああ。そうですね。正直に言っていいですか?」

「傷つかない程度に」

「タイプです」

「へっ?」

「とても美しい。好きです」

「そういうこと面と向かってよく言えるね」

「ハハハ。最初は僕だって緊張しましたよ」

「最初?」

 風楽が芝居がかった動作で恋火に手を差し向けた。

「僕たちは何度だって巡り逢うんです」

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