魂の庭

「ここは、魂の庭ガーデンと呼ばれる場所です」

 地面に大の字になりながら風楽が言った。

魂の庭ガーデン?」

「あなたはこの場所に帰ってきたのです」

 風楽の横に寝そべりながら、恋火は言葉の意味を考える。

「あなたは先ほど棺桶の中で目覚めました。さてここで問題です。普通棺桶から連想するものといったら何でしょう?」

「蹴る」

「ける?」

「棺桶は蹴るもの。蹴飛ばすもの」

「ああ。なんというか。恋火さんらしい答えです」

「ウソ。連想するものは、死だ」

「あ、はい。正解です。ジョークの振り幅が大きくて少し戸惑いました」

「私は死んだってこと?」

「肉体の滅びを死と呼ぶのなら、そういうことになります」

「だけどさっききみはこの場所へ帰ってきたと言った」

「はい」

「まるで初めはここにいて、どこかへ旅立ったように」

「その通りです」

 風楽が満足げに微笑んだ。彼の全て知っているというような態度が、恋火は少し癪に障った。

「あなたはこの場所から現世へ旅立ち、死に、そしてここへ帰ってきた」

「ここは天国?」

「そう思ってもらって差し支えありません」

「地獄?」

「天国ということにしておきましょうか」

「地獄?」

「天国です!」

「きみは私の名前を知っていた。まるで昔からの知り合いのように私のことを知っているようだ。だが私はきみのことは知らない。自分のことすらわからない。自分が何者なのかも。それなのにきみはどうして――」

「そんなに急がなくても大丈夫ですよ。僕がちゃんと教えてあげます」

 風楽が笑みを張りつかせながら言った。

 風楽は親切に言ったようだが、恋火は彼が話を遮ったことに少し違和感を覚えた。まるで何か言いたくないことがあるような。恋火に対して、何かを隠している。

 恋火たちのいる場所の上空を、何かが通過していく。見上げると、そこに青色の巨大な魚がいた。飛行船のような大きさの魚が飛行船のように空中を進んでいく。だけどそれはどう見てもただの魚だ。

「あれは?」

 恋火は尋ねる。

「はい。どうやら魚のようですね」

魂の庭ガーデンでは魚が空中を漂っているの?」

「今見たところ、そのようです。僕も初めて見ましたが」

「食べられる?」

「えっ? あれを食べるつもりですか?」

「いや、食べない」

「ふふ」

「何が可笑しい?」

「そういうところ」

「なに?」

「恋火さんは時々無表情のまま妙なことを言いますよね」

「悪い?」

「いいえ。面白いです」

「一つ尋ねたい」

「一つでいいんですか?」

「今はとりあえず」

「どうぞ」

「きみは男。私は女。それで合ってる?」

「厳密に言うとどちらとも言えないのですが、ひとまずそういうことにしておきましょうか」

「私は目覚めてすぐ、見ず知らずの男に抱きつかれたわけか」

「恋火さんの立場からすると、そうなります」

「きみは変態なの?」

 その言葉で、風楽は初めてショックを受けたような顔になった。

「すみません。嫌でしたか?」

「べつに。ちょっと戸惑っただけ」

「だって、しょうがないじゃないですか」

「何が?」

「あなたのことが好きなんです」

 今度は恋火のほうが窮地に立たされた。顔が熱くなる。

「そういうこと、誰にでも言うの?」

「そんなわけないじゃないですか」

「そう」

「恋火さん、照れてるんですか?」

「べつに」

「照れてますよね?」

「べつに」

「そういうところも可愛いです」

「……蹴る!」

 恋火は、笑いながら逃げ出した風楽を追いかけた。

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