火と風

 抱き合った格好のまま、耳元で名前を呼ばれた。

「恋火? それが私の名?」

「そう。あなたは恋火。火のように、温かい」

 少年は嬉しそうに言った。

 少年の両腕は恋火の腰に回されている。

 密着する体。

「……そろそろ」

「えっ?」

「そろそろ、離れて」

「あっ、すみません」

 恋火のやんわりとした拒絶を聞き入れ、少年は体を離した。

 恋火の前に立つ少年は、少し照れながらも嬉しそうな笑顔を浮かべている。無邪気な笑顔。

「きみの名前は?」

 恋火は少年に尋ねた。

 訊かれた少年は一瞬、少しだけ寂しそうな顔をした。もしかすると気のせいだったかもしれない。次の瞬間には笑顔が戻っていたから。

風楽フウラです」

「そう」

「呼んでください」

「……何を?」

「僕の名前」

「なぜ?」

「あなたに呼ばれたいから」

「必要な時に呼ぶ」

「今、呼んでください」

「……風楽」

 楽しそうだった風楽がさらに破顔した。

 なんだか調子を崩される。いつもそうだ。

 ……いつも?

 風楽が近づき、恋火の手を取った。

「行きましょう」

「……どこへ?」

「どこだっていいんです。あなたと一緒なら」


 風楽に手を引かれ、恋火は歩いた。

 やがて風楽は小走りで走り出した。恋火も彼について走る。

 柔らかい風が花の香りを運んでくる。風楽のベージュ色の髪と白いローブの裾がなびく。

 いつしか棺桶の点在する白い花畑を抜け、草原を走った。

「あの歌」

「何ですか?」

 風楽が走りながら声を上げて訊き返してくる。

「さっき歌っていた歌は?」

「ああ、聴いていたんですね。恥ずかしいな」

「懐かしかった」

 風楽は前を向いたまま黙った。聞こえなかったわけではないと思う。

「また、聴かせて」

 少しだけ、気を利かせた。

 風楽が恋火を振り向き、笑顔になった。

「はい!」


 走り疲れて、二人は草原で仰向けに横になった。

 白に近い、灰色の空。曇っているわけではない。雲はすぐ近くにある。

「ねえ」

「はい」

「いろいろ訊きたいことがあるんだけど」

「はい」

「……」

 自分から話しかけておきながら、恋火から次の言葉は出てこなかった。

 今は、もう少し、この心地良い感覚を味わっていたい。

 彼との再会の喜びを味わっていたい。

 ……再会?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る