アカシャ・アニマ

さかたいった

天空の園

目覚め

 花の匂い。

 甘く、どこか懐かしい香り。

 確かに知っている。覚えている。

 閉じていた目をゆっくりと開いた。

 暗闇。

 他の色を全て飲み込んだ黒以外、何も見えない。

 その時。

 人の声が。

 柔らかな歌声が。

 微かに耳に響いた。

 その歌声に呼ばれ、黒に向かって手を伸ばす。

 指の先が硬いものに触れ、そのまま押していった。

 世界が開く。

 色が生まれた。

 眩しさに目をすがめながら体を起こす。

 粉雪のような。

 小ぶりの白い花の花畑の中に、自分はいた。

 そこにあるのは花だけではない。

 一面の花畑の中に、無数の黒い棺桶が置かれている。異様な光景。

 その棺桶の中の一つで、自分は目を覚ました。他の棺桶は全て閉じたままだ。

 草花の揺れる音。

 風が吹き、頬を撫でていった。

 髪が流れた。

 そこで、自分の格好に目を向ける。

 薄地の黒い布。上下一体、レースのあしらわれた、ドレスのような。腰の部分がぎゅっと引き締まり、その下はふわっとしている。胸元には大きなフリル。手首まである袖の先にもフリル。足元はブーツだ。全て黒い。棺桶と同じように。

 自分が誰かわからなかった。どんな顔をしているのかも。人間としての知識は備わっている。しかし自分に関する記憶はなく、ここがどこなのかもわからない。

 雲が近かった。手を伸ばせば届きそうな高さを漂っている。空に太陽は見当たらないが、昼間のように明るい。

 棺桶から出て、地にブーツの先をつける。

 歌声が聴こえた。棺桶の中で聴いたものと同じ歌。

 無数の棺桶が鎮座する花畑の中を、歌声のほうへ向かって進んだ。

 地面の近くを漂っている雲が風で流れ、その姿が見えた。

 ベージュの髪色。白いローブのような服。棺桶の蓋の上に座り、高音の歌声を奏でている。

 懐かしい響き。

 そこへ近づいていくと、その人物がこちらを振り向いた。

 美しい顔の少年。みどりの瞳。見ようによっては女性にも見える。十代中ごろから後半。華奢な体つき。

 少年は驚きに目を見開き、歌は止まった。

 すぐ近くを雲が流れていく。

 草花が代わりに音を立て、場を繋ぐ。

 少年は立ち上がった。茫然としたような表情。

 それが、何かを決意したような表情に変わる。

 少年は走り出した。こちらに向かって。

 その勢いのまま抱きついてきた。

 懐かしい匂い。

 二歩三歩下がって踏みとどまり、勢いを止めた。

 少年は自分より少しだけ背が低い。

「会いたかった」

 歌声と同じように、高く、優しい声。

 そして少年は、その名を呼んだ。

恋火レンカさん」

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