第7話 ドリームマッチできるゴルフゲーム<ヒストリーゴルフ>の世界への異世界転生問題

 この第8話は人の死が論じられています。ストーリー上の必然性があるのですが、苦手とする方はこの第8話をスキップしてください。


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 その日。天気は快晴だった。

 小さな会社を経営する私は趣味のゴルフを楽しむために郊外のゴルフ場にいた。

 自慢ではないが一代で従業員500名の会社にまで成長させ、事業も2本柱で順調だ。たまに一日ゴルフに興じるぐらいのことは許されるのだ。

 とはいえなかなか忙しく、今日も日程の合間になんとか潜り込ませたというのも事実である。天気予報では夕方に雷雨があるかもと言うことだったが、それまでに終わるから問題ない。


「今日は絶好調ですね」

 一緒にコースを回っていた顔見知りの県議会議員が言った。

 そうなのだ。今日の私のゴルフはすこぶる調子がよい。このままいけばずいぶんとスコアを上げられそうだ。

 ふと見上げると黒い雲が強い風に流されてきているのが見えた。

 いや、天気予報では雷雨は夕方だ。あれはまだ遠いだろう。

 いつもなら経営と同じで絶対に楽観的にはならないのだが、そのときばかりは軽視してしまっていた。


「うわぁぁ」隣で議員がタオルを頭に被って走っていた。

 ちょうど何もないコースのど真ん中で我々は突然の大雨に見舞われていた。

 急にあたりは真っ暗になり、雷鳴も聞こえる。光と音の間の時間差はほぼない。

「近いぞ!」議員が走りながら叫んだ。

 私も慌てて走っていた。だがまだ自分事ではなかったのかも知れない。

 ゴルフクラブを握りしめたまま走っていた。

 後で思い返せばあれがいけなかったのだろう。

 最後の記憶は目の前が真っ白になったことだった……。


「あなたは落雷で死亡しました」

 私が目を覚ますと近くから声がした。

 目を開けて辺りを見回す。

 白いもやに覆われていてどちらを見ても何も見えない。

 声の主は? と思った瞬間、目の前にフードを目深に被った女性が立っていた。

「死亡したと言われましても」

 私は身を起こした。

 と思うのだが、自分の体も見えない。

「死んだと言われたその言葉を聞いている私は?」

「ここは死後の世界です」

 女性は淡々といった。

「死んだ方にはここで説明をすることになっているのです。その後に転生していただきます」

「輪廻のことかな?」

 私は昔読んだ本のことを思い出した。あれは仏教思想だっただろうか。

「輪廻転生することもあります。ゲームをまったくしていないか、そのゲームに世界観がないものの場合ですね。さいわい、あなたはそれには当てはまりません」

「ゲーム?」

「はい。最も長い時間を費やしたゲームの世界へ転生していただきます。

「あなたはゴルフゲーム<ヒストリーゴルフ>ですね」

「あぁ」

 私には心当たりがある。

 私はほとんどゲームはしない。だが企業の立ち上げで死ぬほど忙しかったとき、趣味のゴルフに行く時間も金銭も余裕がなかった。そんなときの息抜きが息子に勧められたゴルフゲームだったのだ。

 <ヒストリーゴルフ>は歴代の著名ゴルファーと一緒にラウンドを回れるのが売りだった。既になくなっていたり、高齢になっていた選手。あるいは現役のトッププレイヤーもだ。

 いずれも非常に高度なデータ分析がされていた。それはプレースタイルや成績だけでなく、外観も往年の活躍していた若いときの姿がリアルな3DCGで再現されていた。

 例えば20世紀に活躍した伝説的ゴルファー、ダニエルと近代のトップゴルファー、ライオンと自分という夢の共演が可能なのだ。

 一番時間を費やしたゲームと言えば間違いなくこれだろう。というかこれ以外にゲームをした記憶がない。

「それは嬉しいな」

「喜んでいただけで幸いです。

「いささか、かなり待ち行列が長いのですが、いずれ間違いなく転生できるように神々もいろいろな施策を講じていますのでご安心ください。それではさようなら」

 私は意識を失った。


 異世界転生という概念になれていなかったからだろうか。

 私がこのことを思い出したのは転生後、30年経ってからだった。

 私はこの異世界でほとんどここまで同じ人生を費やしてきた。

 異世界といってもあのリアルなゴルフゲームの世界だ。ほとんど現代地球と同じだ。私が産まれたのはちょうど前世と同じ時代であったので、同じように受験勉強し、同じように就職し、独立して起業したところだった。


「どうせ思い出すならもっと早ければ、起業内容も時期も考えられたのに」

 私は後悔に歯を食いしばった。

 企業自体は失敗ではない。このまま言えば同じように順調に事業を拡大できるだろう。

 だが私はこの企業に人生のほとんどすべてを賭けた。

 そのために捨てたものも多い。特に家族を思いやる時間はほとんどとれなかった。

 次男が事故で死んだとき、起業を後悔しなかったとは言えない。

 もう少し後に起業していれば、あるいはこどもが幼いうちはもう少し家庭で時間を過ごせばあるいは……。


 事故死は避けられない、やむを得ない、そもそも人はいつか必ず死ぬ。そう思うだろうか。

 確かにそれは事実でもあるが、この転生後の世界ではちょっと違うのだ。

 この世界はほとんどものとの世界と同じだ。

 だが、20世紀の後半に一つだけ大きく異なる技術進歩があったのだ。

 それは「不老不死」だった。

 「不老不死」だから往年のゴルファーと一緒にゴルフができるのだ。

 そう。この世界があのゲーム<ヒストリーゴルフ>の世界だということはそういうことなのだ。

 往年のプレイヤーが近代のプレイヤーと一緒に現役のままで戦える。そのためには不老不死が不可欠だった。

 この世界では一定に年齢、おおよそ20~30歳の間にある特殊な薬品を使って不老不死になる。つまり死亡するのは出生から20代の間と外傷的な事故死だけとなる。


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「そういえばどうなったでしょうね」

 ふと、かつて<ヒストリーゴルフ>の世界への転生者を送り出したことを思い出した。

 <ヒストリーゴルフ>の世界は20世紀後半に不老不死が実現されてしまったのだ。そう、されてしまったのだ。

 これは異世界転生を進める上でたいへん大きな問題を引き起こしていた。

 不老不死であるからその世界での死者は大きく減少する。これはよい。

 だが同時に出生数も激減したのだ。これは不老不死との兼ね合いで容易に想像されるところでもある。そもそも不老不死かつ高い出生数だと人口増加のペースが加速してしまう。宇宙開発が急速に進まなければ、地球資源の枯渇は避けられない。

 しかし出生数が減ってしまうと、異世界転生でやってきた魂の行き先が足りないことになってしまうのだ。

 これは神々とこの世界へ転生されられた者たちにとって重大な問題だった。

 通常であればすぐに転生できるのだが、その転生先である新生児が圧倒的に少ないのだ。

 転生できずに待機させられる魂が列をなす。

 これは他の世界では生じなかった様々な問題を派生的に生じていた。

 そこで神々は待ち行列を減らすため、一部を新生児への転生でなく既に生きている者に記憶だけ追記するような形での転生も行うこととした。

 実は主人公もこのタイプの転生だった。だから30歳を過ぎるまで転生前の記憶が生じなかったのだ。実は30年思い出さなかったのではなく、30年経過してから転生したのだ。

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 転生前の記憶は私を助けてくれると共に苦しめた。

 社会環境の変化で記憶していたことがそのまま起こるとは限らなかったが、経営者としてはほぼ同じ世界で未来に起こった事柄の知識はたいへん役に立った。おかげで事業は転生前よりも3倍以上成功している。

 一方でもっと早く思い出せていれば、という後悔も大きかった。

 それに趣味のゴルフの面では何のメリットも享受できていなかった。

 著名ゴルファーが現役のまま健在だといっても、一介の中小企業のオーナー社長が趣味で行うゴルフで一緒にゴルフができるわけでもないのだ。

 確かにテレビではプロゴルフ大会で転生前の世界では夢の、まさにドリームマッチが行われている。だがそれならゲームと相違ない。

 ちなみにこの世界には<ヒストリーゴルフ>はない。というか普通のゴルフゲームであのドリームマッチは実現されている。

 だがないとなると欲しくなるのが人の性。私はゴルフゲームをすることもしなくなっていた。いや、そもそものゴルフへの関心が失われてしまっていた。

 唯一の趣味だったゴルフを失い、仕事に邁進する。忙しさに気を紛らわせているものの決して幸せとはいえないような気がしてしまうのだった。

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転生先はやりこんだゲームの世界 ホークピーク @NA_NA_NA

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