第6話 宇宙開発シミュレーションの世界は<転生者>を拒みたい

「あと3世紀は後の世界に生まれたかった」

 それが僕の人生での強い思いだった。

「そうすれば宇宙へ飛び出していけただろうに」

 そう。僕の夢は宇宙にあった。それも月や火星といった近場ではない。

 違う恒星系、銀河系へ。宇宙船でワープするような世界がよかった。

 だから僕のやりこんだゲームが宇宙開発シミュレーションゲーム<ユニバース・サーチ>だったのは当然の結果だと言える。この宇宙開発シミュレーションゲームは有名TV番組<ユニバース・サーチ>(映画化もされている)の世界を舞台にした内容で世界中に熱狂的なファンがいるのだ。

 まったく違う文明社会との交流。

 怪物のような宇宙生命体による危機。

 重力の異常現象。

 そういった事件と共に宇宙を旅したかった。初期主人公である<タベナクル>船長のように。


「あれは死んだよな」

 目を覚ましたとき、僕は直前のことを鮮明に思い出せた。

 僕は趣味のロケット造りでこれまでよりも2倍の高度まで飛ぶ設計の新たなロケットを打ち上げたのだ。だが点火した直後に計算ミスに気づいた。ロケットは飛び上がるのではなく、僕の方へ一直線に飛んできた。そして避けるまもなく僕の胸を貫いたのだ。

 当たるのが他人で亡くてよかったと言えるかも知れない。

「となるとここは死後の世界ということかな」

 見回してもどの方向に霞がかかっている。自分を見下ろしても実体は見えない。

「幽霊にでもなってしまったのだろうか。ぜんぜんSFじゃないよ」

 僕はファンタジー世界には関心はないのだ。

 うろうろと歩き回っていると、不意に霞が一部だけ晴れた。

 そしてそこに1名のフードを目深に被った女性が立っていた。

「落ち着かないですね。こんなところまで移動していた方は初めてです」

「僕は死んだんだろう?」

「そうです。あなたは死亡しました。これから異世界へ転生していただきます。現在の神々のルールは最も時間を費やした、つまり最もやりこんだゲームの世界へ転生するというものです」

 神という言葉にSFでないファンタジーを感じた僕は一瞬顔をしかめたが、意味を理解すると僕は思わず歓喜の声を上げた。「やった!」

「そんなに喜んでいただけるとありがたいです。それではさっそく」

 女性が手を挙げると僕はまた意識を失った。

「転生先は……SFシミュレーションですか。これはまた難儀ですね」

 最後にそんな声が聞こえたような気がした。


 僕はジェームズ。1歳だ。

 この1年間は苦労のし通しだった。

 なにしろこのゲーム世界では公用語が英語なのだ。ちなみに生粋の日本人で英会話能力は中学1年生レベルだ。僕はチートの日本語言語パックを導入していたからゲームができただけだった。転生したからといって自然と英会話ができるようになるわけではないらしい。

 だからこの1年間はひたすら周囲の言葉を聞き取って言語の学習に費やしていた。まぁ、生まれたての赤子だからそれ以外にできることが別にあったわけでもない。むしろ赤ちゃんとしては当然だろう。

 それでも1年間、必死に学んだおかげでヒアリングはバッチリだ。話す方はこの体ではまだしっかりとした声を出すことすら難しいが。

 つい先日、掴まり立ちもできるようになったので、これで行動力も上がった。


 歩けるようになったことで両親も僕を外へ連れて出てくれるようになった。

 遂に外の世界を見ることができる。僕の喜びは言葉に尽くせないほどだった。


 確かにこの世界は僕のやりこんでいたSFシミュレーションゲームの世界だ。

 ここは火星の衛星軌道上にある宇宙ステーションで、両親はここで働いていた。

 だからちょっと窓の外を見ればそこはもう宇宙空間だ。実際に他の恒星系からワープしてきた宇宙船が見える。

 まさに僕の望んだ宇宙世界だった。最高の世界だ!


 いろいろなことが本当にゲームと同じだった。

 この世界ではいわゆるワープ航法も実現されていて、幾つかの銀河をまたいだ移動が可能になっている。その他にもまさにSF世界の技術がいずれも実現されていた。

 僕はとてもわくわくした。


 1週間後。僕は暗鬱な気持ちにうち沈んでいた。

 この世界はとても素晴らしい、夢にまで見たSF世界だった。それは間違いない。

 だが、この世界に僕の活躍できる余地がなかった。

 異世界転生して現世の知識が残っていても、それは何世紀も前のものだ。そもそもこの世界にも記録としてきちんと残っている。当然、僕の知識は僕の経験した非常に限定された者だが、記録として残っている内容は非常に広範囲にわたっている。


 1ヶ月後。僕は<間違えて>階段から転げ落ちた。

 そのときに打ち所が悪くて記憶の一部を失った。

 両親はこどもがちょっと発達が早すぎると心配していたようだが、それ以降、年相応の赤子に戻ったことで安堵していた。

 だが僕は心の片隅で気づいていた。記憶を失ったのではなくて、辛い思いから逃げ出すために記憶を封じたのだと言うことを……。


 僕が<記憶を失う>直前に見たのはあるドキュメント番組だった。

 その番組では<転生者>を扱っていた。あれだけの著名TV番組の世界としたゲームだ。僕以外にも多数の転生者がいるに決まっていた。そしてこのSF世界ならば、その記録もしっかりととられていた。

 このドキュメント番組はその<転生者>の社会問題を扱っていた。

 この世界に喜び勇んで転生してきても、その知識は古すぎて役に立たず、過去の知識があるばかりにかえって学習に遅れが生じることが多いのだという。両親との間の関係がギクシャクするケースも少なくない。そして挫折を味わって社会性の面で更に悪化してしまうケースが多く、転生をなんとかして中断させるべきだというのが番組の主張であった。


 それは僕にとってはあまりにも辛い現実だった。

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