第4話 メジャーRPG<竜探索>へのある翁の転生

 わしは死んだらしい。

 最後の記憶は病院のベッドで肺炎でいささか苦しんでいたという状態だ。だがそれはあまり長い期間でもなく、想像していたよりも楽に成仏できた気がする。

「わしはどうやら成仏できたようだね」

 わしは目を開けた。

 病院のあまり見慣れるほどの期間もなかった、とはいえまったく覚えていないわけでもない天井ではない。うろ覚えの天井だ。いや、あまりうまくない。

 空だろうか。だが霞がかかっていてよく見えない。

 左右を見回してみる。どちらも霞がかかっている。

「天国かねぇ。病院ではないのぅ」

 わしは身を起こした。見下ろしても自分の体は見えない。

「それにしては何も見えないが」

「あなたは死にましたが、ここは天国ではありません」

 ふいに声がした。

 いつの間にか、目の前に美しい妙齢の女性が立っていた。フードを目深にかぶっているので体つきと声から女性だと推測しただけだが。

「ふむ。それではここはどこですかな?」

 わしは自分でも驚くほど落ち着いていた。

 最後は肺炎だったとは言え、十分に長生きした。仕事はやりがいがあったし、家族にも恵まれた。老後もまずまずだった。孫にも会えた。ちゃんとばあさんを見送ってから死んだ。これ以上は望めぬだろう。

「死後の世界、ということになりますね。天国とか地獄と言った概念とは違います。少し説明をさせていただきます」


 その女性の説明によると、現在の神々の定めたルールは「最も時間を費やしたゲームの世界へ転生する」というものだという。

 ゲームと聞いてわくわくしたことは否定できん。わしはゲームが大好きでな。子ども用に買ったゲーム機で最も時間をかけていたのは何を隠そうわしだった。逆にこどもはそれをみてか、あまりゲームには熱中しなかった。反面教師というやつだろう。

 しかも最も時間を費やしたと言えばいうまでもない。<竜探索>シリーズだ。

 このシリーズはほとんどすべてやり尽くした。このゲームのために小遣いをはたいて新しいゲーム機を買っていたほどだ。ばあさんには呆れた目を向けられたが、よくできた人物でな。文句は言わずにくれたのだ。


「ではわしは<竜探索>の世界じゃな」

 わしは思わず顔がほころんでいた。いや、実体はないようだが。

「どんなふうに転生させてもらえるのかね? ゲームと同じく新人冒険者?」

 わしはわくわくして言った。

 目の前の女性は生前のばあさんと似たような呆れた雰囲気を醸し出していた。

「えぇとですね。異世界への転生です。異世界で新たに生まれ変わるのですよ」

「なるほどの」

 わしはぽんと手を打った(つもり)。

「つまり0歳からじゃな。それもまた一興。新たな人生を楽しんだゲームの世界で送れるというのはご褒美じゃな」

「そう言っていただけると気が休まります。それではよい人生を」

 そう女性が言うとわしの意識はまた失われた。

 なにかこう面倒の前にさっさと送り出そうという気もしたが。


 どれぐらい経過したのだろうか。

 きづくとわしはベビーベッドの上に寝ていた。生まれたときの記憶は抜け落ちている。あまりの衝撃に記憶が飛んでおるのだろう。

 わしはわくわくして周囲を見回した。

 木の柱、漆喰の壁、屋根がむき出しの天井といった中世的な建物を想定していた。あるいは全体的に石が使われていてもよい。

 だが見えたのは……。


 目立った柱ない壁。壁紙が貼ってある。あれはクローゼットの扉か。窓枠もあれはアルミじゃないのか。窓ガラスも立派なものだ。

 ベビーベッドもずいぶんときれいに整った木材が使われている。むしろ部分的にプラスティックとも思われる部品が使われているのではないかね。

 って。これでは近代日本の家屋ではないか。まさかあの女神(あの女性は女神だったと考えるべきじゃろう?)、転生先を間違えたのではあるまいな。

 せっかくお気に入りのゲームの世界へ来れると思っていたわしは少しいらだっていた。

 だが窓の外に見えた空には2つの月が浮かんでいた。


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 私はお爺さんを異世界へ転生させた女神です。

 読者の皆さんに<竜探索>の世界を説明しなければならないでしょう。

 このゲームは様々なバージョンのゲームが出ていますが、いずれも中世+魔法といったオーソドックスなファンタジーの世界観です。日本で開発され、その後、世界中で多くのファンを獲得しました。少なくとも日本で<竜探索>と言われてわからない人はほとんどいないでしょう。

 この世界には2つの大きな大陸があります。

 片方は5つの王国がある、お爺さんの転生先でもある大陸。ゲームの舞台はほとんどがこちらです。

 もう片方は20年ほど前に帝国によって統一された帝国。

 実はもう一つ、北方に氷の大陸があり、そこには魔王がいます。ここがゲームとしては核心になっているわけですね。だからあまり詳しくは説明できません。

 実は魔王とその眷属である魔族はそもそも寒冷地で生存するために進化した生き物なのです。寒冷地ゆえに食物事情もよくなく、生存するために魔力を高めた生物と言えます。そこで人口を増やすことは難しいため、種としての生き残りのためには南進するしかありません。

 その結果、魔王と人間の対立へとつながり、竜探索の世界で描かれる魔王討伐が目指されることになりました。

 気候は地球に酷似しています。ただし月は2つあります。実はこれも3つ目の月があると言われているのですが、それはまたのお話としましょう。

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 生まれたてのわしは1ヶ月ほどずっとその部屋から出ることはできなかった。

 1ヶ月が経過し、お披露目のために部屋を出ることになった。

 わしの両親はこの転生者ではないようだった。平凡な30前後の白人夫婦で、どうやら養蚕を仕事としているらしい。恐ろしく平凡と言えよう。

 部屋を出たわしが見たのはおそろしく地球・日本の住宅と酷似した作りの一軒家の中だった。

 ダイニングへ連れてこられたわしは、どうやら両親の父母、つまりわしの祖父母にあたる者たちへとお披露目された。

 あれはキッチンか。まるっきり日本のキッチンセットではないか。

 見回せはテレビらしきものまである。

 どうやら本当に<竜探索>の世界へ転生したのではないらしい。残念だが元の地球でもないなら、異世界なのは違いない。

「この子はもしかして転生者ではないのかね」

 母方の祖父が突然言った。

「先ほどからずいぶんと周囲を見回している。赤子の好奇心と言うにはいささか目的意識がありすぎるように思えるよ」

 母親は驚いた顔をしてわしをみた。「まさか。本当に?」

 わしは懸命に頭を縦に振って見せた。

「まぁ」母親は驚いた声を上げた。「ポール、この子、うなずいたわ」

「本当だね」父親も言った。「それなら申請しないとね」

 おぉっと。反応がずいぶんと斜め上だ。

 転生者を嫌がるとか、逆に歓喜するとか。なにかもっと凄い反応を期待したおったのだが、ずいぶんと普通な反応ではないか。

「出生届を出すときにチェック欄があるからね」祖母が言う。

「<竜探索>育英補助金が出るからよかったですわね」もう一人の祖母も言う。

「それは助かりますわ」母親が言った。

 <竜探索>といったか? ではこの世界は<竜探索>の世界で正しいのだろうか。それにしてはずいぶんと近代化しているようにみえるのだが……。


 わしが転生者とわかったから、両親はどんどん情報を与えてくれた。

 テレビと思っていたものはどちらかというとインターネット端末であった。その利用も認められたが、まだ首もすわらない乳幼児には操作できない。

 両親が暇なときに操作してもらいながら説明してもらうというのが日課だった。

 世界の情勢を知るにつれ、わしはがっかりする気持ちを抑えられんかった。

 <竜探索>の世界へ転生していたのだからよいだろう?

 それはまさにその点でわしの期待は裏切られたのじゃ。


 考えてみればわかることじゃが、死者のうち、やりこんだゲームが<竜探索>だという人間は決して少なくない。そのせいで実はこの世界は<転生者>であふれておったのだ。最もやりこんだ、というのが味噌でゲームをほとんどしたことがなくても、時間数が最も長ければ該当してしまう。それこそ人生で30分だけ、友だちの家で<竜探索>にゲスト参加した、なんて言うのも含まれるわけだ。


 そうなると転生者は10人とかそういう規模ではない。何十万という規模で毎年、転生してきているのだ。わしの知る限りでは異世界ものの設定でもここまで大量の転生を想定したものはなかったように思う。そう、わしは年甲斐もなくライトノベルにもはまっておったのだ。

 この世界の総人口は大雑把に見積もって2億いるかいないか。それに対し転生者の総数はすでに百万人に迫るらしいというのだから、数百人いれば一人は転生者と言うほどの割合じゃ。

 さて、それほど多数の転生者がいるとどうなるか。

 様々な知識が持ち込まれる。その中には当然、一定の割合で技術者もいる。

 彼ら・彼女らはその知識を使ってこの世界で新たに技術開発をするに決まっている。基礎となる技術基盤がない代わりに魔法がある。

 この魔法を技術基盤の代わりとしたスチームパンクにも似た世界が構築されていたのだ。

 生活は清潔・快適になっておった。確かに現代人が<竜探索>で描かれているような中世の地球と同じような文明レベルの生活に我慢できるわけもない。あっという間に技術は世界に広まっていったのだ。


 だがわしにとっては<竜探索>の世界とは著しく異なった世界となっていたのだ。

「これじゃないんじゃよ」

 1歳になったころのわしの絶望感はたいへんなものとなっておった。

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