第4話 初めての…
扉は半開きでした。それでも用心のため中をそっと覗き込むように様子をうかがってみましたが、静かで物音一つしません。まるで、ここだけ時間が止まってしまっているかのようにさえ感じられます。思ったより狭い部屋でしたが、左右と正面には、さらに扉があります。ふつうの家にはない不思議な作りの部屋です。恐らく、奥の部屋への入り口はここだけで、クリスが歩いてきた通路の何処にも入るための扉はないのでしょう。言ってみれば、ここは『隠し部屋』への入り口なのかもしれません。
そして、人の気配だけは感じられるのですが、不思議なことに空気が動いていないのです。クリスにとって、何もかもが生まれて初めての経験でした。
「きっと、この気配の主は部屋の中にいるはずだ。」
そう、心で呟いて中へ入っていきました。
三つの扉のうち正面の扉だけが両開きになっています。左右の扉のつくりは同じでどちらも内側に押して開けるようなタイプのものでした。試しに、そっと手をかけて、音を立てないように、ゆっくりとノブを回し開けてみようとしましたが、鍵が掛かっているのか左の方の扉は開けることが出来ませんでした。右の方の扉も試してみましたが、同じように開きません。
そこで今度は正面の扉に向かいました。すると、鍵の掛かっていない(正式には鍵が必要ない)扉でしたので、そっと右側だけ開いてみました。と同時に、花のような、なんとも芳しい香りが漂ってきました。うっかり深く吸い込んでしまえば、目眩か頭痛がしてきそうなくらい強い香りです。穏やかな呼吸ではさほど問題もないでしょう。むしろ酔うほどに心地よいくらいです。
その香りが漂ってくる方へ誘われるように部屋の中へ入ると、扉は音も立てずに静かに閉まりました。中は思っていたほど広くはなくて、部屋の左隅にレースのカーテンが掛けられた大きめのベッドがありました。誰か眠っているのでしょうか。そのベッドから少し離れた窓際にあるサイドテーブルの上には、異国情緒のある金の香炉が置かれています。そこから上がっている煙が部屋中に香りを広げているのがわかりました。
そして今度は、クリスの視線と関心は、ベッドのほうへ向かいました。ただ、本当に誰かが眠っていて、それをびっくりさせるのはよくないと思いましたので、あらかじめ少し小さめに、声を掛けてみることにしました。
「こんばんは。どなたか、いらっしゃいますか。」
声が響かないせいか、よく眠っているのか返事がありません。
「あのー。誰かいますかー。」
さっきよりも少し大きめの声で言ってみましたが、やはり返事はありません。でも、きっとベッドには誰かいるという気配を感じ取っていましたから、それを確かめるために、クリスはカーテンの掛かっている大きなベッドに少しずつ歩みを進めていきました。
(第5話へ続く)
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