この子を殺す帰り道
正妻キドリ
第1話
殺してやりたい。
そう思ったことはこれまでにも何度もある。
この子だけに抱いた感情ではない。何も特別なことではない。
雨が降る中、私達は学校から最寄り駅に向かう。
とても退屈な帰り道だ。なぜなら、一緒に帰ってる相手の話がとてもつまらなくて、くだらないから。
「絶対大丈夫って言ってたのにB君たら、20分も遅刻してきてさ~」
Aは、楽しげに話している。自分の話が詰まらないなんて疑ってもない様子だ。
Aは、高校で同じクラスの友人だ。いや、友人とは呼べないかもしれない。
なぜなら、私はAのことを嫌っているから。
Aは、とても性格が悪い。少なくとも、私に対してはそう。口を開けば自慢話ばかりで、例え、相手がその話で傷つくとしてもお構いなしだ。
今も私が嫌がると思って、あえてこの話をしてるに違いない。
話を続けるAに、私は、愛想笑いを返す。呆れてることを悟られないようにちゃんと口角を上げて。
「でも、そのあとしつこく謝ってきたからついつい許しちゃった!」
「え~、許しちゃだめだよ~。あいつ絶対調子に乗るから。」
しっかりと返事をした。憎悪が漏れないように。
「でも、必死に謝ってるの見るとあんまり強く言えないんだよね。あ、そうだ!Cちゃんから言ってやってよ~。幼馴染に言われた方が反省するだろうからさ~。」
この子は本当にデリカシーがない。
Bと私は幼馴染だ。幼稚園から高2になった今現在までずっと一緒だった。
彼のことは何でも知ってる。どうでもいいことから、人に知られたくなくて隠し通していることまで全部。
そして彼も私を同じくらい知っている。
私たちは周りも公認の仲だった。
私は彼のことが好きだった。他の人なんて目もくれないくらい好きだった。
そして彼もそうだったはず。
私に気があるような様子を何回も見せてきた。
お互いにあと一歩が踏み出せないだけだった。
でも、BはAと付き合いだした。
Aとは高校に入ってから友達になった。
正直、最初はAとは気が合わないと思っていたが、Aが執拗に絡んでくるので、そのうちに私達は一緒に行動するようになっていった。
そしてAは、私と仲の良いBに近づいた。
そこからは言うまでもない。
付き合うまでに一月もなかった。あれだけ、私に好意を寄せていたBは一瞬でAになびいた。
くだらない。男女の関係というものは。
時間も気持ちもあってないようなものだ。
結局、自分が良ければ何でもいいのだ。本当にくだらない。
「私が言っても無駄だよ。私に注意されたことなんて何にも聞かないんだから。Aが心を鬼にして強く言ってやらないと。」
「Aの言うことも聞いてくれないもん。Aも注意するけど、Cちゃんからもお願いね!
」
そう言ってAは微笑んだ。
この子は本当に信用ならない。
人の株を下げるために汚れ役をやらせ、相対的に自分の株を上げる、これが彼女の常套手段である。
今回も私にやらせて自分はやらないに決まってる。
前もそんなことがあった。
確か、あれは半年ほど前。
私がクラスメイトの悪口を言っていたと、あらぬ疑いをかけられたことがあった。
確かに私はその子のことがあまり好きではなかった。でも、悪口なんか言ってない。
私は滅多なことがない限り、人の悪口を言わないようにしている。
なぜなら、それが漏れて本人に伝わったら、その人との関係が拗れる可能性があるから。そういうのが死ぬほどめんどくさいから。
そうやって人間関係には人一倍注意していたのに、冤罪をかけられ、その子に嫌われた。
そして、それを知った他のクラスメイトは、それを疑いもせずに私と距離を置くようになった。
なんというか、悲しむより先に呆れてしまった。
まあ、普通の人間ならそうなのかもしれない。それが正解なのかも。私が周りの人間に期待し過ぎたのだ。悲しむことじゃない。
ただ、Bや私の友達は信じてくれた。距離を置くことなく、いつも通りに接してくれた。私は悪くないと、噂話を簡単に信じるクラスメイト達が悪いと言ってくれた。
しかし、Aは違った。
Aは私と距離を置くことはなかったが、私の言ったことを信じなかった。
私が悪口を言ったという噂を疑わず、クラスメイトと私の仲を取り持つポジションをとった。
そこから私とクラスメイトの蟠りは少しずつ解けていった。
きっとみんなは、Aがとてもいい人間に見えたはず。友達が起こしたいざこざを身を挺して解決するできた人間だと。
でも、私から見れば、他人を悪者と決めつけ、それを利用して自分の評判を上げる屑にしか見えなかった。
AとBが付き合いだしたのもその時期だった。
Bがいうには、Aは友達のために動けるとてもいい子だと。ふざけてる。
「あ、やばっ!Cちゃん、電車来てる!」
駅のホームでアナウンスが鳴っている。もうすぐ電車が来る。
「Cちゃん、走ろ!」
私達はホームに向かって走り出した。
いつもならギリギリ間に合うくらいのタイミングだが、今日は荷物が多かったせいか、間に合いそうになかった。
「先行っていいよ、A」
私は、電車に乗るのを諦めた。まあ、急いで帰る理由もないし、次の電車でも構わない。
私は、走るのをやめた。すると、それを見てAも徐々に走るのをやめて歩き出した。
「Cちゃんが乗らないなら私も乗らないよ。」
電車は私達を置いて先に行ってしまった。私達はホームの端で次の電車を待っていた。
正直、Aには先に帰ってほしかった。さっきの話の続きをどうせ聞かされるとわかっていたから。
案の定、Aは自分とBの話を私にしてきた。
最近、Bからの返信が遅いことや、部活やらで会う時間が少ないことなど、どうでもいい愚痴を聞かされる。
勘弁してくれないかな、そう思った時、Aが唐突に聞いてきた。
「AとBくんが付き合い始めた時、Cちゃんぶっちゃけどう思った?」
私は驚かなかった。
Aなら聞いてきてもおかしくない質問だと思っていたから。さすがに今とは思わなかったけど。
私は間髪入れずに答えた。
「嬉しかったよ。友達が二人同時に幸せになって。まあ、ちょっと羨ましい気持ちもあるけど。でも、応援はしてる。」
私は用意していた答えを返した。すると、Aは安堵した表情で答えた。
「よかった~。BとCちゃん幼馴染だからなんか悪いなと思ってたんだけど、Cちゃんがそう言ってくれてよかったよ。」
心にもないことを。そう思って、私は少し棘のある言い方で返した。
「Aも意外とそういうこと気にするんだ。」
「するよ。Cちゃんは嫉妬深そうだから特にね。」
向かいのホームの後ろに見える雨空を見ながらふと思った。
線路にこの子を突き落とせば、楽になるだろうか。
私の感情を逆撫でするこの子を。
これはAから始めたことだ。Aが私にこんな質問をしたのが悪い。いや、私にBとの話をいちいちしてくること、いや、もっと前。Bを略奪したからこんなことになる。
人に殺意を覚えること自体は初めてじゃない。
クラスメイトや先生、親だって殺してやりたいと思ったことはある。でも、今回はそれらとは明確に違う本物の殺意。
Aがいなくなることは私にとってメリットでしかない。Aを殺さないことは私にとってデメリットでしかない。
殺人は絶対ダメなことだけど、事情を話せばみんな同情してくれるはず。
私があなたと同じ立場ならきっとそうしてると共感してくれるはず。
どう考えても被害者は私の方だから。
だから次、電車が来たらAを突き落とそう。
そんなことを思っているとアナウンスが鳴った。
「まもなく列車が通過します。」
運がいいのか悪いのか、これもたぶん運命ね。きっと逃れられない運命だったのよ。
「雨、止まないね。」
Aが言った。
「今日はずっと降ってるんじゃない?」
私はAの方に目を向けないまま答えた。
じゃあね。A。苦しまないように即死できたらいいね。
大きく息を吸い込んだ。空から降ってくる雨粒が、地面に打ちつけられて弾けていく。
私は、いつもより重く感じる腕を前に突き出した。
なーんてね。
こんなことで人殺しになるなんて馬鹿げてる。
私のこれからの人生を捨ててまでやるようなことではない。
Aは確かに腹の立つ人間だが、殺していいほどの人間ではない。
それにさっき、私に合わせて電車に乗らなかった。自分の話をしたかっただけかもしれないが、待ってくれたのは事実だ。
あの時だって、私とクラスメイトの蟠りをといたのはAだった。私を悪者と決めつけたのは許せないが、少し助かったのは事実だ。
とにかく、Aを殺すほどの道理なんてない。
これもいつもと同じ、ちょっとカッとなった時に沸く本気じゃない殺意だった。
私は、Aの方に目をやり言った。
「ごめん。ちょっと棘のある言い方になっちゃった。今もAにちょっと嫉妬してるのかも。でも、本当に応援はしてるから。」
「うん、いいよ!ほんとのこと言ってくれて嬉しい。私も変な言い方してごめんね。」
少し気分が晴れた。
きっとAに悪気はないんだ。
嫌な気分になるならAとBから距離をとればいいそれだけだ。
雨はまだ少し降っているが、私の気分は晴れた。
遠くの方で通過列車が見えた。
アナウンスがなってからものすごく長い時間がたった気がする。まだ、通過してなかったんだ。
Aがふと口を開いた。
「そういえば、Cちゃんが悪口言ってたって噂が立った時あったでしょ。あれ、実はAが流したんだ~。CちゃんがB君と仲良くしてるのにちょっと嫉妬しちゃってさ。そのことも謝っとく。ごめんね!」
Aの言葉を聞いて、私は全身が軽くなっていくのを感じた。
さっきまで重かった腕も今は軽やかに動いた。
風が私の体を吹き抜け、一緒にAを押した。
ふわっと宙に浮いたAは、自分の置かれてる状況を理解できてないような、でも、どこか後悔してるような、そんな目をしていた。
電車が私の前を通り過ぎた。今までの悩みを吹っ切るように。
雨が止んで、雲の切れ間から日差しが少し差し込んだ。
私の周りがほんの少しだけ明るくなった。
殺してやりたい。
そう思ったことはこれまでにも何度もある。
この子だけに抱いた感情ではない。何も特別なことではない。
この子を殺す帰り道 正妻キドリ @prprperetto
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