第7話 それぞれの思い

『……件のドラゴンについては、今のところ詳しいことはよくわかっていない。

 特徴はレッドテール種に類似するところがあるものの、その凶暴性や尾の長さ、翼のない点など、異なる部分も多い。

 俺の見解ではレッドテール種の突然変異種でないかと考えている。いくつかの種類でそういった例が見られたとの報告がある。

 詳しい外見については、記憶を頼りに描いたスケッチを送る。確認してほしい。

 また、そろそろこの事件の知らせが大きな街にも着くころだ。そうなるとすぐに他の学者の研究チームがやってくると思われる。しばらくは彼らと合流してこの事件について調べることになるだろう』


 宿の一室で、研究所への手紙をしたためる。

 窓の外を見ると、何もなかった畑に丸太を立て、壁を作ろうと働く村人たちが見えた。

 透き通るような青空の下で働いている彼らを見ていると、ドラゴンと戦うための準備をしているとは思えない。まるで祭りの準備をしているかのように見える。


 その時、扉をノックする音が聞こえた。ヴァネッサだった。


「ねえ、畑の方を見に行かない?」

「そうだな」




 中央に置かれた櫓を挟むように、建物の三階くらいはあるだろう大きな壁が左右に伸びていた。

 その様はまさに壮観。ヴァネッサは壁を見上げて、ため息をつく。


「ここが戦いの舞台になるのね……」

「ああ、まさに君の晴れ舞台だな。ダイナマイトは何本残ってる?」

「四本。仕留めるには十分ね」

「とはいえどんな事態になるかはわからない。あるに越したことはないな」

「そうね……櫓に登って景色を見てくるわ。戦いに備えてイメージしておきたいの」

「ああ」


 ヴァネッサは櫓のはしごを登っていった。

 なら俺は作業の様子でも見てこよう。


 畑に深く掘った穴に丸太を差しこみ、丸太の先に結んだ縄を引きながら数人がかりで丸太を支えて立てる。かなりの重労働だ。

 俺も少しでも力になれたらと思い、その作業を手伝った。

 作業に加わってから三本ほど立てたころ、村長がやってきた。


「先生、ちょっとお話が」

「どうしたんです?」

「プラン通りに壁を作るとなると、どうしても丸太の本数が足りないんです。かといって新しく木を切っていたら時間もかかってしまいますし」

「準備できる丸太でどのくらいできそうですか」

「予定の半分くらいでしょう」

「なるほど……」


 この作戦では壁を作ってドラゴンの動きを制限しないと意味がない。

 かといって完璧に壁ができるまで時間をかければ、その間にドラゴンは別の場所に移動してしまうかもしれない。

 ないだろうか、壁を作らずにドラゴンの動きを封じる方法が……。


「そうだ。村長、丸太が足りなくなったら、プランを変更して円形になるように穴を掘ってください」

「ええ。それで、どうするのですか?」

「穴を掘ったらその中に藁や薪をできるだけいっぱい入れ、さらにそこにランプの燃料の油をかけてください。

 丸太の壁の代わりに、炎の壁を作るんです。たとえ口から火を噴くドラゴンでも、自分のものでない炎は恐れるものです」

「なるほど……わかりました」

「負担ばかりかけますが、どうかよろしくお願いします」




 戦いの準備は二日後の昼頃には整いつつあった。

 壁と堀の内側には大きな木箱や茨の塊、壊れた荷車などが並べられていく。

 その間を村長と一緒に歩きながら今後について話をする。


「今夜には始められそうですね、先生」

「ええ……しかしドラゴンは一切動きを見せませんね。逃げてなければいいのですが」

「実は木こりのひとりが、今朝山奥でドラゴンが動物の肉を食っているのを見たようです。ヤツはまだ、このあたりにいるでしょう」

「わかりました」


 決戦は今夜。気を引き締めていこう。

 村長と別れると、今度はフレッドが作業から離れて近づいてきた。


「先生、ドラゴンとは今夜戦うのかい?」

「ああ、おそらくそうなるだろう」

「なあ……この作戦で、オレにできることはないかい」

「フレッド、君はドラゴンの接近を報告してくれたらいい。あとはヴァネッサや他のドラゴンスレイヤーに任せよう」

「いや……もっと別のことで役に立ちたいんだよ」


 フレッドの言葉は真剣だった。


「オレさ、ずっとドラゴンが近づいてくるのを知らせる役ばかりだったんだ。だからずっと生き延びてきたっていうのもあったんだけどさ、なんだかそんな自分が弱いように思えて……。

 オレだって一応ドラゴンスレイヤーを名乗ってるんだ。一回だけでいい、オレの手でドラゴンを退治したんだって言えるようなことがしたいんだ。先生、わかってくれるかい?」


 フレッドの目からは強い決意を感じた。

 恐らく彼自身もずっと悩んできたことだったんだろう。名乗っている肩書と、実際の自分自身の姿とのズレからくるジレンマ。


「わかったよ。ありがとうフレッド。今はなにも思いつかないが、もしかしたら戦いのときには何か重要なことを頼むかもしれない。その時はどうかよろしく頼む」

「こっちこそありがとう、先生。とりあえず今は、全力で作戦の準備を手伝うよ」


 そう言うとフレッドは屈強な村人たちの間に戻っていた。

 ここ数日の決戦準備で、すごく村人たちの間になじんでいるよな、あいつ……。




 ヴァネッサは時間があれば、いつも櫓にいた。

 この日の夕方も、準備が整い誰もいなくなった畑を彼女は櫓の上に座り、じっと見つめていた。

 梯子で物見台まで登ると、彼女は視線をこちらに向ける。


「あっ、もしかして集合?」

「いや、そうじゃないんだ。俺もちょっと高い所から見ておこうと思ってね。邪魔じゃないか?」

「構わないわ」


 ゆっくりとヴァネッサの隣に座る。

 夕陽に照らされた彼女の顔は、一段と魅力的に見えた。褐色の肌の人は、暖かい色の光が似合うのかもしれない。


「……いよいよ、今夜だな」

「ええ」

「ヤツを倒せそうか」

「わからない。でもやれるだけのことはやるだけ」


 そう言うとヴァネッサはクロスボウを構える。空想の敵を狙っているのか、照準に合わせた眼をキリリと細めた。


「家族のかたき討ち……だが俺は、それだけじゃないように思うな」


 虚空を狙うヴァネッサの目が、さらに細くなった。


「それは……どういう意味?」

「オカリナさ」


 クロスボウの弓の弦がパチンと音を立てる。ヴァネッサからの返事はなかった。


「これはあくまで俺の想像だ。間違ってたらそう言って欲しい。

 うちの研究所では、ドラゴンたちとコミュニケーションをとるときに小さな笛を使っている。しかし野生のドラゴン、少なくともあのドラゴンの正体と思われるレッドテール種には、笛の音に導かれたという記録はない。

 つまり、あのドラゴンは昔、誰かに世話をされていた可能性が高いんだ。

 翼の代わりに背中にコブができているのも、誰かに翼を切り取られたと考えれば納得がいく」


 これ以上は言わなかった。言う必要もなかったし、今更ながら言い方を考えればよかったと少し後悔していたからだ。

 俺は彼女を追及したいわけではなかった。


 すまない、と言いかけたその時、ヴァネッサのほうが先に語り始めた。


「……私がこの前、木こりの小屋でした話、覚えてる? 実はあの話には、その前の出来事があるの」

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