第6話 迎撃準備

 結局、その夜は何事もなく明けた。

 途中でヴァネッサが目を覚まし、火の番を代わってくれたため俺もある程度休むことはできた。


 まだ朝もやが出ている中、俺たちは出発した。

 行楽の山歩き程度の時間、しばらく川に沿って歩いているとリオネットの村が見えてきた。

 そのまま村の酒場に入ると……。


「あっ、先生! 無事だったんだ……!」


 フレッドが出迎えてくれた。


「そっちこそ、ひとりで何とかなったみたいだな」

「まあ、こういう状況には慣れてるからね……。あっ、あの姉さんも……?」

「ああ」

「おやおや、おふたりさん、ご一緒に朝帰りとはねぇ……」

「残念ながら、お前が期待してるような出来事はなかったぞ。ところで他の連中は? まだ昼前だからみんな寝てるのか」

「いや、それが……」


 フレッドが言いかけた、その時だった。


「ちょっとみなさん、どうか待ってくれませんか」

「うるせえなぁ、俺たちはもう決めたんだよ!」


 上の階に続く階段から、村長とドラゴンスレイヤーの一団が降りてきた。大半が疲れ切った顔で、数名傷痍軍人のような姿のヤツもいる。


「今は人も少ないですから、一人当たりの懸賞金の額も高くなっています。だから……」

「割に合わねえんだよ! 俺らのチームも昨日二人死んで、ひとりは片腕持ってかれちまった。しかも夜中に狩りに出てった奴らはこんな時間になっても誰一人戻らない。こんな危険なヤマだとは思わなかった。悪いな村長さんよ。俺らは降りるぜ」


 チームのリーダーはそう言い放つと、メンバーを連れて俺たちを押しのけるように酒場を後にした。


「みんな逃げたり帰ってこなかったりで、どんどんいなくなっているんだ」

「群がるときは蟻のようだが、見切りをつけて消えるとなればゴキブリのようだな……」


 ため息交じりにぼやくと、村長がすがるような顔で近づいてきた。


「あなたたちもドラゴンスレイヤーですか? お願いします、あなたたちまでいなくなってしまってはこの村がどうなるか……」

「落ち着いてください。僕たちはこの村から出るつもりはありません。まず今の状況でできることを考えましょう。

 この村に残っているドラゴンスレイヤーは何人です?」

「そうですね……あなたたち以外には数人しか残っていないです」

「ヴァネッサ、この人数で山狩りは無理そうか」

「ええ。ドラゴンはこのあたりの山を完全に知り尽くしてる。むやみに入っていけば間違いなく全滅するでしょうね」


 となると……俺たちのとれる戦法はひとつ。


「ヤツをこの村におびき出す……」


 すると村長は驚いたような声をあげた。


「なんですって⁉ そんな無茶苦茶な!」

「何もドラゴンを村の中で暴れさせるわけではありません。村のどこか広いところに高い塀で丸く囲ったような場所を作って、その中におびき寄せて閉じこめるんです。それだけの広さのある場所といえば……」

「ねえ、昨日ドラゴンが出た畑はどうかしら」


 冷静な声でヴァネッサが意見を言う。


「あそこなら森のそばだし、川も近くにあるから丸太も運べるわ」

「そうだな。土が柔らかいから穴を掘ったりもできるし、近くに櫓もある。戦うとしたらそこだろう。

 村長、畑の周りの地図を持ってきてほしい。村人のみんなに知らせるのは具体的なプランが決まってからだ」


 かくして、リオネットの村でのドラゴン迎撃作戦は始動した。




 村長や村の有力者、残った他のドラゴンスレイヤーたちとの話し合いで、大まかな準備内容は決まった。


 櫓を中心にして左右に先を細くしたハの字状に壁を作る。ドラゴンが細い部分に入った後は炎か茨で入り口をふさぐ。

 壁の内側は使えなくなった大型の農具や穴などの障害物を配置し、ドラゴンが素早く走り回れないようにする。

 そこをヴァネッサのダイナマイト付きの矢で仕留めるという作戦だ。背中に命中してうろこでダメージが弱まったとしても、ダイナマイト二本あれば十分だとヴァネッサは語った。


 ところで、肝心のドラゴンを罠に誘い込む方法だが……。


「家畜をエサにしておびき寄せましょうか」

「待って。もっといい方法があります」


 村長の言葉にヴァネッサは返事をすると、ポケットに手を入れ……。

 あの赤いリボンのついたオカリナを取り出した。


「ドラゴンはこのオカリナの音におびき寄せられる習性を持ってます。櫓の上でこれを鳴らせば、まっすぐにこっちに向かってくるはずです」

「なるほど、笛の音に導かれるヘビのようなものですね……それならそのほうがいいかもしれない」


 その案は満場一致で採用となった。


 だが……なんだか少し引っかかる。

 ドラゴンが笛の音に導かれるというのは伝説などでもある話だ。

 現に研究所で世話をしているドラゴンも、小さな笛を使ってコミュニケーションをとっている。

 しかし研究所のドラゴンたちはみんな、習慣や訓練などの条件付けで笛の音に反応しているにすぎない。

 新種のドラゴンであれば、特定の周波数に敏感だということも考えられるが……。


 考えを巡らせているうちにも、作戦に関する詳細は次々に決まっていく。


「ドラゴンを導く笛があるのであれば、作戦はいつでも始められるでしょうな。いつにします?」

「できれば静かな夜がいいわ。オカリナの音がかき消されてしまってはいけませんから」

「わかりました。では明日の晩に作戦決行としましょう。みなさん、準備を始めてください」


 村長の一声で、酒場に集まっていた者たちはそれぞれの成すべきことを始めるため散っていった。

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