第4話 死闘
「退け、いったん退けぇーっ!」
犠牲者の多さに男たちが下がるのとは逆方向に、火のついたタバコを咥えながらクロスボウを構え、ロングコートの女は進んでいった。
「まさかあれ一挺で立ち向かうつもりなんすかね⁉︎」
「さあな……」
ドラゴンを射程圏内に入れたのか、彼女は立ち止まるとクロスボウを捧げ銃のように縦に構える。
「戦いの前に祈っているのかな……?」
「いや、違う。口元を見てみろ」
彼女は口元のタバコの火を、クロスボウの矢にキスするように近づけていた。矢をよく見てみると、何か細長いものが紐で縛りつけてある。
「ダイナマイトだ!」
導火線に火がついた瞬間、彼女は覚醒したように素早くクロスボウを構えて矢を撃ち出した。
火花が赤い光の尾を引いて、ドラゴンの足元に飛んでいく。
そして……。
ダイナマイトが炸裂したと同時に、ドラゴンは土煙の中から咆哮とともに飛び出した。
その時にはすでに、彼女は慣れた手つきで二の矢をつがえ、導火線に点火していた。次の発射は、狙いをつけるのに一瞬だけ時間がかかった。
矢の命中した巨木の幹が砕かれ、音を立てて倒れる。ドラゴンは木の間を縫うように進んでいるため、狙いがつけづらいのだろう。
それにしても、なんて移動速度だ。並のレッドテール種に比べると数倍は速い!
倒れた木を飛び越え、ドラゴンはなおも彼女に迫る。
彼女が射撃位置を変えながら三本目の矢に点火した、その時だった。
「あっ!」
彼女は突然茂みの中に倒れこんだ。木の幹に足をとられたのだろうか。
ダイナマイトにはもう火がついているのに、彼女はうずくまったままその場を動こうとしない。
暴れ狂うドラゴンだってすぐそばまで来ているというのに!
いてもたってもいられず、隠れていた茂みから飛び出した。
「先生! どこ行くんだよぉ!」
フレッドの静止も聞かず、一直線に彼女のもとに向かう。
彼女のもとにたどりつくのが早いか、ダイナマイトが爆発するのが早いか、それともドラゴンが彼女に食らいつくのが早いか……?
彼女は倒れた姿勢のまま、必死にクロスボウに向かって手を伸ばしている。しかしあともう少しの所で手が届かない。
導火線の火花もあと数センチのところでダイナマイトに達しそうになっていた。
このままでは、ふたりとも死ぬ!
俺は走った勢いそのままにクロスボウを拾い上げると、すかさずドラゴンに向けて狙いもつけずに引き金を引いた。
ダイナマイトに火花が達したのは、その直後だった。
「くうっ!」
矢は俺とドラゴンの中間で、轟音と共に炸裂した。
破片と爆風によって後ろに強く押し飛ばされる。叩きつけられたところが茂みの中でよかった。さいわいケガはないようだ。
ドラゴンは地面にうずくまったまま動かない。爆発した位置が少しドラゴン寄りだったのがよかったのだろうか。
砂埃を払いながら立ち上がり、ロングコートの女のもとに近づいた。彼女はブーツを木の幹の間に挟んでしまい、動けなくなっていたようだ。
「大丈夫か。ほら、立って」
「そんな、あなたのほうこそ……」
「なに、いつものことさ。歩ける?」
「ええ。ありがとう」
こうして目の前に立ってみると、彼女の背の高さがよくわかる。自分もそれなりに高いほうだと思うが、同じくらいの身長の女子はそうそういないだろう。
「また、助けられてしまったわね。あなた……」
「ロイ・スティーブンス。ドラゴン学者だ。君は?」
「ヴァネッサ。ヴァネッサ・クリーフよ」
ヴァネッサから差し出された手を握った瞬間、後ろからフレッドの声が。
「おーい! ふたりとも逃げろぉ! ヤツが目を覚ますぜ!」
ふり向いたと同時に、昏睡状態から目覚めたドラゴンと目が合ってしまった。
敵意と殺意のこもった鋭い眼光。歩み寄ることなど不可能だと、一瞬で悟った。
「ヴァネッサ、行こう!」
「あなたの友達は?」
「ヤツの狙いは俺たちだ。それにフレッドはドラゴンが近くにいると肌でわかる。自力で村までたどり着けるさ。さあ!」
ふたりで駆け出した瞬間、ドラゴンは立ち上がって後を追いかけてきた。
「ヴァネッサ、足元に気をつけて! 走れ!」
草木の生い茂る山道を、ふたりでかきわけながら進む。どこまで逃げればいいかなんて、そんなことはわからない。ただひたすら走るのみだった。
しかしドラゴンは、少しずつ距離を縮めてくる。ダイナマイトでダメージを負っているとはいえ、走る速さは人間とは比べ物にならない。
その時、ヴァネッサが声をかけてきた。
「私のクロスボウを頂戴。早く!」
クロスボウを受け取ったヴァネッサは、素早く矢をセットする。
矢にダイナマイトはついていなかった。
「今度は私があなたを守るわ」
そう言うとヴァネッサは走りながら振り向き、クロスボウを構える。
ドラゴンの頭はもう俺たちのすぐ後ろに迫っていた。
そして。
「追いかけっこはおしまいよ」
言ったと同時に、クロスボウの矢がドラゴンの舌を貫く。
直後、ドラゴンは苦悶の叫びをあげてのたうち回り始めた。
「これである程度時間は稼げるわ」
「さすがだ。でも惜しかった。あともう少しで右目に当たったのに」
「わざと口を狙ったの。今度戦う時、相手が片目だとフェアじゃないでしょ」
ヴァネッサの口調は真剣そのものだった。ドラゴンに対して、なにか思うところでもあるのだろうか。
それはさておき、おそらくドラゴンがまた追ってくるのにそこまで時間はかからないだろう。
走る速さを落とさず進み続けて、河原までたどりついた。
「しめた。川沿いに行けば村までつけるかもしれない」
その時だった。
『グオーッ……』
ドラゴンの鳴き声が、そう遠くない距離から聞こえた。
「あいつだ……」
「きっとにおいをたどってきたのね」
再び川の中央に目をやる。見たところ真ん中あたりはそれなりに深さがあるようだ。
「ヴァネッサ、水には潜れるか」
「ええ」
「あいつが遠くに行くまで、においを消してやりすごそう」
「わかったわ」
そう言うとヴァネッサは帽子をとり、ロングコートも脱いで小さく丸めた。
コートの下から現れたのは、程よく引き締まった細身の褐色の肌。その身体には、最低限の部分を隠す衣類しかまとっていない。
ドラゴンスレイヤーとはいえ、やはり女子か……。
「どうしたの?」
「いや……なんでもない」
「早く行きましょ」
水に潜るのに適した格好になったヴァネッサと違い、俺は薄手の白シャツとスラックスのままで川に分け入った。
川の中央辺りは腰くらいの深さがあった。問題なく潜れるだろう。
「よし、深く息を吸って……」
「来たわ!」
ヴァネッサが小さく叫ぶ。すると木々をなぎ倒してドラゴンが飛び出してきた。
その姿が見えた瞬間、呼吸を止めて一気に頭まで水に浸かった。
……奴はどのくらいであきらめるだろうか。
水面から上の様子はわからない。聞こえてくるのは、水が体の周りを流れていく音だけ。
今はただ、ひたすらに、待つだけ。
……。
息が続かなくなってきた。そろそろ大丈夫だろうか……。いや、苦しい時は時間が経つのが遅くなる。実際にはまだ数十秒も経っていないなんてことだってよくある話だ。
もう限界だと思った時こそ、あとひと踏ん張りだ。俺の体の力はこんなもんじゃ……。
と思ったその時、突然体をつかまれ、水から引き上げられた。
息止めのがまん大会から解放された俺を、ヴァネッサはあきれたような顔で見つめてきた。
「もう、上がってこないから溺れたのかと思ったじゃない。エラでもついてるのかしら?」
「なかなかエラそうに言うね……ところでドラゴンは?」
「とっくの昔にどこかに行っちゃったわ」
そう言ってヴァネッサは一足先に陸へと上がった。
俺もその後に続く。
「ヴァネッサ、どこかで休んで服を乾かそうか」
「その必要はないわ。歩いているうちに乾くから」
「それはないな。もう陽が暮れる。空が赤く染まっているのは朝焼けじゃないぞ。それに……」
「夜になると獣の動きが活発になるから危ない、ってところかしら?」
「その通り。野宿しないですむように、俺は今のうちに宿を探すつもりだ。一緒に来る?」
一応聞いてみる。もしかしたらこんな男と一緒にいるのはまっぴらごめん、って
と思っていたら……。
「ええ」
ヴァネッサは予想以上にあっさりと答えた。
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