第3話 暴竜来たる

「まったく……よくもまぁ……」

「先生、どうしたの?」

「ドラゴンの足跡でも残っているかと思ったが、スレイヤーどもがメチャクチャに踏み荒らして行きやがった」


 ドラゴンが暴れ回ったとされる畑をくまなく回ったが、残念ながら一面ドラゴンスレイヤーたちの足跡しか残っていなかった。


「せめて足跡だけでもあれば大まかな種類とか体長とか、いろいろなことがわかるんだが」

「なるほど……ただオレの感覚によると、アイツからは相当にヤバい殺気を感じたよ、先生」

「あの身体の震えか。ドラゴンが近くにいるとなんとなくわかるんだな」

「そう。でも今は遠くに行ってしまったみたいだよ……」


 フレッドの言う通り、ドラゴンは山の中に逃げたようだった。

 ドラゴンスレイヤーたちも皆、ドラゴンを追って木々のなぎ倒されたあたりから森へと消えていき、今はもう誰もいない。


「オレたちも追いかけます?」

「いや、まず目撃者に会いに行こう。手がかりがあるはずだ」


 今回のドラゴンの襲撃では犠牲者は出なかったものの、畑仕事をしていた村人が数名大きなケガをしており、近くの民家で手当てを受けていた。

 俺たちは一部始終を目撃した中年女性に話を聞いた。


「それがね、もう牙をガーってこんなに剥き出しにして、おかしくなった犬みたいにあたりを走り回ったり、掘り返したり。それに……」

「なるほど、暴れ回っていたドラゴンはどんな特徴をもっていましたか。色とか、大きさとか」

「えっと……背中は灰色っぽくてお腹が白かったかしら……大きさは荷馬車よりひと回り大きいくらい……」


 特徴に合ったドラゴンはたくさんいる。もっと詳しい証言が欲しい。


「あと、尻尾がちょっと赤かったわねぇ」

「なんだと!?」


 俺は自分の耳を疑った。

 まさか……そんなことが、あり得るのか。


「まさか、レッドテール種……?」

「先生、そいつは凶暴なドラゴンなのかい?」

「その真逆だよ。ドラゴンライダーが乗るような、おとなしくて人懐っこい性格のドラゴンだ。人を襲うなんてあり得ない」

「でもさ、そんな種類でも機嫌が悪くて人を襲うことだって……」

「あるかもしれんが、なぁ……」


 そうだとしたら前例の少ない珍しいケースになる。なにか理由があるのだろうか。

 いずれにしても、きっちり調査する必要がありそうだ。


 中年女性に礼を言うと、俺とフレッドは民家を後にした。


「先生、となると次は……」

「ドラゴンを探しに行こう。フレッド、頼りにしてるぞ」

「……ああ、まかせてくれ」


 言葉だけは威勢がいいが、やっぱり少し不安らしいな。俺にはわからないものをフレッドはあの時感じ取ったのだろうか。




 ドラゴンが草木を踏み分けてできた道をひたすらに進んでいると、先に森に入ったドラゴンスレイヤーたちが見えてきた。

 どうやら散らばってドラゴンを探しているらしい。


「フレッド、ドラゴンは近くにいそうか?」

「反応は弱いけど……近くにいるのは間違いないよ」

「どんな気分だ?」

「良くはない。うまい例えは見つからないけど、風邪の時のだるさだけがずっと続いてるみたいな感じが近いかな」

「何かあったらすぐ知らせてくれ」


 続いてドラゴンスレイヤーのひとりに近づいて話しかけてみた。


「やあ、調子はどうだい」

「お前か……。なに、このあたりにいるのは間違いないんだ、すぐ狩り出せるだろ」

「倒せると思うか」

「この人数いるんだ、全員でかかれば確実にやれるよ。ドラゴンのでかさを考えるとむしろ多すぎるくらいかもな」


 男は大剣で茂みを切り分けながら、さらに奥に進んでいった。

 さらにまた別のところに行くと……。


「おい、若造」


 銃を手にしたドラゴンスレイヤーに声をかけられる。何の用だ。


「後ろには気をつけな。誰かが命を狙ってるかもしれねえぜ、へへっ」

「お節介ありがとう」


 しばらくはそんな感じであたりを歩き回っていたが、一向にドラゴンが出てくる気配はなかった。

 だが……なにかおかしい。


「なあ、フレッド……ここ、さっき周ったよな?」

「うん、銃をもった奴が突っかかってきたとこだよ」

「他の連中はどこいったんだ?」

「みんな移動したんじゃないかな……ほら、あそこに……」


 フレッドの指さした先に男がひとり。

 その時だった。


「あっ、まずい」


 フレッドの顔から一気に血の気が引いた。

 まさか……⁉


「伏せろっ」


 何を察したのかを聞くより先に、フレッドの襟をつかんで近くの茂みに身を飛びこんだ。すると。


「ふぉっ……!」


 次の瞬間には、フレッドの指さした男は音もなく現われた巨体の前脚に押し倒された。

 茂みの間から男の姿は見えないが、バキバキと新鮮な肉を引きちぎる音だけが生々しく聞こえてきた。

 ……あの男が最初の一撃で、完全にその命を絶たれたことを祈る。

 フレッドは俺の下で体を震わせていた。特殊感覚の症状のためか、それとも次は自分が同じ目に遭うかもしれないという恐怖に震えているのか。


 とにかく、もっとよく見てみよう。

 俺はゆっくりと目からだけを茂みの間から出した。


 巨体の特徴は、あの中年女性の証言と一致していた。尻尾もまぎれもなく赤い色をしている。

 紛れもなくレッドテール種だった。

 しかし同時に、普通のレッドテール種ではなかったのも確かだ。


 レッドテール種の翼は大きく空を飛ぶことができるが、このドラゴンには翼がない。代わりに翼のある場所には大きなコブができている。

 尻尾も普通のレッドテール種に比べると相当長い、まるでムチか触手のように自在に動かしているのがわかる。

 凶暴性も段違いだ。一体なんなんだ、あいつは。


「いたぞおおおおおおおお!」


 考えをぶった切るように、叫び声と銃声が森の中にとどろいた。


「仕留めてやらぁ!」

「八つ裂きにしてやる!」

「いっけえええええええ!」


 騒ぎを聞いたドラゴンスレイヤーたちが一気にドラゴン目がけて突っこんでいく。

 動くのならば今のうちだろう。

 フレッドの脇を抱えて立ち上がった瞬間に、


「おらあああああ!」


 ドラゴンスレイヤーのひとりがドラゴンに斧の一撃を食らわせようとした。

 するとドラゴンは逃げるように反転したかと思うと、長い尾をドラゴンスレイヤーの大男に巻きつけた。

 そして……。


「うわあああああっ!」


 尾がしなったと同時に男は宙を舞い、大木の幹に激しく身体を打ちつけたのを最後に動かなくなった。

 続けて別の男がドラゴンの眼前に飛びこみ、喉元を切り裂かんとして大剣を振るう。

 しかしドラゴンは後ろ足で立ち上がるようにして斬撃をかわすと、


「くっ……!」


 そのまま男の上半身に食らいつき、カエルのように丸のみにしてしまった。


 ここまでが十数秒の間の出来事だった。

 このドラゴン、相当動きにキレがある!

 今までもこうして、数多のドラゴンスレイヤーを地獄へ送ってきたのだろうか……。


 ふたりの屈強な男が即死したのを目の当たりにして、ドラゴンスレイヤーたちの進撃は止まった。

 やたらに斬りこむのは得策ではないと考えたのか、ドラゴンスレイヤーたちはドラゴンを取り囲む。おそらく隙ができたら斬りこむつもりなのだろう。

 しかし彼らの攻撃は表面の鱗を傷つけるだけで決定打はなく、むしろ逆に隙を作った者からドラゴンの牙や爪、尾の一撃で確実に仕留められていった。


「先生、早く逃げよう」

「ああ、奴は音もなく忍び寄ってくる。日が暮れる前に山から出ないと、今度は俺たちが危険にさらされる」

「まったく、あんな奴は初めてだよ……でもオレの能力があればなんとかなる、なんとかなるさ……」


 自分に言い聞かせるようにぼやくフレッドを抱え起こしたその時、森の奥から現れたのは……。


 あの黒いロングコートの女だった。

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