第10話 渦 〚生霊〛

 死んだ人間の霊なら成仏で消えるけれど、生霊は祓ってもまた飛んでくることもある。


「じゃあ、朝美はずっと生霊につきまとわれなきゃいけないのかよ?」


 堀は、例の鏡の写真をスマホから削除して言った。


「生霊飛ばすほど、呪うほど二人の間に何かあったのか?」


 山城に聞いても、


「そこまでの二人の接点もトラブルも思い付かない」


 と考え込んでいた。

 単なる人気者への妬みか。

 それとも――

 とりあえず呪いを解いてから、井川悠里の恨みの根源を払拭してやらない限り、問題は解決しない。


「橋本先輩は、全部見えてるんですか?」


 学校を出た所で、山城がおずおずと尋ねてきた。


「ああ、見えてるよ。強い霊も、小さな動物霊も」


 だから悪い気のある場所では、ついて来られないように結界を張っている。


「やっぱ、そうだったのか……千尋が俺達と目を合わせなかったのは、憑いてる霊だや守護霊と目を合わせない為だったのか」

「違うけどね」


「は?」


 明日もテストだというのに、俺は、井川悠里がかけた呪いを解く為に、《ブツ》を探さなければならなかった。


 俺はまだ現世で式神(眷属あるいは動物霊)を遣ったことはない。

 通常、霊能者は日頃から自分の気や念も補給し,眷属の世話をするらしい。しかし、今まで遣うつもりもなかったからしたことはなかった。


 陰陽道自体、明治期に壊滅的打撃を受けて表舞台から姿を消し、戦後復活した土御門家は形骸化しているという。

 しかし、陰陽道の本流であるいざなぎ流ならば式うちもできるはず。

 俺は、普段から塩や護符と一緒に持ち歩いている紙を引き結び、記憶に残る呪文をかけた。


六根清浄ろっこんしょうじょう急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう


父なら、この和紙が鳥となって呪いのブツの在処へと導いてくれるに違いないが、今の俺には、そんな力はない。


 校舎を出てすぐに、風にその和紙を任せた。


「千尋、こんな時に何遊んでるんだよ」


 堀が、呆れてその様子を見守っていたが、山城リリは、風に舞う白い紙を眩しそうに見上げて言った。


「形代……擬人式神」


 俺は、ハッとして彼女の方を見た。

 夕陽を含んで、薄茶になった瞳が舞っていく紙を追いかける。


 この目……。

 

 あれはいつだったか、藤原氏ゆかりの寺、東北院の念仏会ねんぶつえに集まり、歌合が行われた時のこと。


 総勢10名の職人たちを左右につがい、経師を判者として花と恋を題に詠み競ったことがあった。

 参加したのは、医師に陰陽師、鍛冶、大工、博打打ち、巫女などのいわゆる職人達だ。

 雅な貴族の伝統的な形式のみを真似て、左右それぞれ向き合って座った。

 その中に、“彼女” がいた。

 俺の真向いだった。

 長い黒髪を後ろで1本に束ね垂髪にし、白衣に緋袴を纏った彼女は、矢を放つ時の、現世の姿とあまり変わらない。

 巫女である彼女は、現世よりも霊力があり口寄せもしていて、雨乞いの為の占いもしているようだった。


 俺と彼女は初対面ではなく、前年の花見の時もこうやって詠みあった。

 時々、職人達と、既存の有名な歌をパロディにして詠んだり、互いの技を見せあってたり、終始和やかな雰囲気で会を終えてたような記憶がある。

 巫女である彼女が詠んだ歌は、


『こぞ(去年)の春逢へ君に恋ひにて 桜を思ふと よいも寝なくに』


 有名なものを二つ組み合わせた、けして上手いとは言えない歌だったが、それが自分への恋文であると気が付いたのは、彼女の目線や態度で一目瞭然だったからだ。

 それに、俺が返した歌とは――

 


「橋本先輩が飛ばした和紙、鳥が咥えちゃいましたよ!」







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