第9話 渦 〚呪詛返し〛

「え、あ、……」


 黒髪をおさげにして、いかにも生真面目そうな顔をした彼女は、連中からすると声をかけやすかったのかもしれない。

 一人の記者が逃がすまいと山城の腕をしっかりと掴んでいた。


「最近、SNSで酷い中傷誹謗があったみたいだけど、学校内で苛めはなかったのかな」


 困った顔をして、視線で周りに助けを求めている。


「あ、おい、千尋」


 堀が何か言っていたが構わずに、記者に囲まれる山城のもとへ自然と向かっていた。


「ここは学校の敷地内です。立ち入りの許可は得てるんですか?」


 俺が、山城と、彼女を掴んでいた記者の間に割って入ると連中は顔を見合わせ、それと同時に、


「勝手に取材しないでって言いましたよね!?」


 職員室から教師が出てきたものだから、いそいそと校門外へ移動して行った。


「橋本先輩……」


 ホッとした顔で俺を見上げる山城は、恐らく身長156くらい。

 矢を放つ時の彼女は凛としていて、もっと高く見せるけれど、こうやってみれば小さくて頼りない。


「あ、ありがとうございます」


 大きくはないが、潤んだ目元は小鹿のようだ。


「隙が多いから霊体にも悪い大人にも捕まってしまうんだ」


 つい、悪態をついた。

 前から思っていたけれど、考えないようにしていたことがある。


「先輩、何気に酷いです」


 こうやって、むくれる顔にも覚えがある。


 ――俺は、この子に前世で会っていたかもしれない、と。



「長野朝美は、この生霊を飛ばしている奴から呪いまでかけられている」


 部活休みの為、俺たち三人しかいない射場でインスタの写真を霊視。

 頼まれたからやったのに、堀と山城は顔を見合わせて、失礼な表情を浮かべていた。


……?」


「今時、そんなの信じてやる人いるわけ?」


 こいつら。

 霊は信じてるのに、呪いはあり得ないと思ってるようだ。


「ネット通販でも″呪いキット″が売ってある時代だし、呪い代行業者というのもあるし。それだけ需要があるってこと」


「 それ、見たことあるかも。呪いの人形とかお土産感覚で載ってました」


「その呪いも、お前、解くことできるのか?」


 堀の問いにはハッキリと答えられない。

 まだ、現世ではやったことがないから。


「じゃあ、この鏡に写ってるのは誰かわかったんですか?」


 それには、「ああ」と答えた。


「近くにいる人です?」


「君の知ってる人だよ」


 山城の小動物みたいな目が動揺に揺れる。


「誰ですか?」


 俺が、弓道部二年の井川悠里だと告げると、


「はぁぁ!?」

 と、耳をつんざくような大声を出したのは堀だった。


「それは違うだろ? だって、アイツだって体調崩して部活休んでるだぜ?」


「そうです、やる気がでないって具合悪そうにしてて、学校も来てないし」


 山城の声は震えていた。


「生霊を飛ばしてる人間もまたダメージが大きいんだ。これ以上続けたら井川悠里も危ない」


 それに、呪いは呪詛返しといって、呪いをかけられた方の守護霊が強い場合、かけた方に返ってくることもある。


「そ、それがマジなら、早くこの写真祓ってやれよ! まず生霊退散させてさ」


 生霊となる人間が陰気でいかにも人を呪いそうなキャラクターだとは限らない。

 イメージが覆ると、余計に恐怖心は増す。

 黙って聞いていた山城の顔は青白かった。


「このネットの写真をどうにかしたって変わらない。何千人て人が見てるんだろ」


 関係のない人間は、ただスマホから削除するだけで邪なものは消える。

 問題は、生霊を飛ばされてる側だった。





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