第6話 渦〚捨てアカ〛

「近頃、投稿に批判コメントつけられるんだって」


 誰かに訊いたのか、加奈が朝美の暗いワケを教えてくれた。


「批判て?」


 私は、インスタをやっていないので、友達が見せてくれたモノしか知らない。

 

「″リア充自慢してんなよ″ とか、″友達よりイイねの数が多いのへん″ とか」


「誰がつけてる分かるんでしょ? それでもそんなコメントする人いるの?」


「捨てアカでやるからね。だから内容も時には ″即刻死ね″ とかもあるみたい」


「こわ」


 でも。

 朝美のあの暗さって、SNSの中傷だけが原因じゃない気がするんだけどな。

 いつもクラスの中心にいる朝美が、教室の隅で死んだような顔をしてるのは、やはり違和感があった。


 その後も、朝美の落ち具合はますます加速していった。

 この数日は、なんとか学校に来てるような状態で、とうとう誰とも口をきかなくなっていた。

 それとは別にもう一つ気になる事が。

 同じクラスではないけれど、弓道部の悠里が同じように元気がなくなっていたこと。


「悠里、どうしたの? そろそろ着替えないと三年生来るよ?」


 彼女は動きもきびきびとしているのに、今日はまだ帯も結んでいない。更衣室は狭い為、学年ごとに順に使うから、先に入った方は素早く着替えないといけないのだが。


「ん―……。なんかやる気がしなくて」


 悠里は、はぁ、と溜息をついて気怠そうに袴を着けていた。


「ひょっとして、風邪?」


「違うと思う。風邪引いたら、まず喉にくるから」


 射場に向かう時も足取りは重そうで心配だったが、案の定、だらしがないと先輩や先生に注意を受けていた。

 弓道は特に姿勢や礼儀もきちんとしていないといけないからだ。


「あの子、神棚に神拝しなかったよね?」


 この時の悠里はおかしかった。

 朝美と同じように目が虚ろだったのだ。

 とっくに五月ではないけれど、五月病みたいなのが流行ってる?


 朝美は、とうとう学校に来なくなってしまった。

 加奈が言うには、SNSでの誹謗中傷は、更新を停止しても相変わらずあるという。


「どこのどいつだ! 俺の麻美を傷付ける奴は!」


 と、一人勝手に憤慨してるのは弓道部三年生の掘先輩だった。

 部活終わりに、彼から訊かれたのだ。


 ″長野朝美ちゃん、最近、休んでるんだって?″

 と。

 掘先輩は、麻美の隠れファンだったとらしい。(彼のキャラ上、全然隠れてはなかったのだけど)


「あいつもどうした? 悠里。最近、おかしいだろ?」


「……はい。部活、今日、休んでました」


「なんだなんだ、可愛い子は鬱になる祟りでもあんのか? うちの学校は!」


「悪かったですね、可愛くなくて」

 

 むくれていると、並んで歩く私達のそばを自転車が勢いよく通り過ぎて行った。


「あ、千尋!」


 まだ胴着の私達とは違い、橋本先輩は既に着替えて自転車で帰ろうとしていた。


「ちょ、待て! 訊きたいことがある!」


 それを堀先輩が、咄嗟に荷台に手をかけて止めた。

 キキー!と耳が痛くなるようなブレーキ音が中庭に響く。


「危ないだろ」


 ほら。

 橋本先輩の冷淡な顔がますます冷ややかになった。


「お前、お化け見えるよな?」


  堀先輩、直球過ぎて子供の発言みたいになってる。


「見えないけど。何だよ?」


 振り返り、それに答えてあげる橋本先輩、顔つきは怖いけど、ほんとうは優しいんだろうな、と思った。


「な、! 俺に、副顧問の生き霊とか憑いてね?」


 言ってる堀先輩の背後から、本物の副顧問の先生が歩いて来てたから、私も橋本先輩も思わず顔を背けた。


「誰が生き霊だ。そもそもお前みたいな軟弱なチャラ男に憑いて何の得があるんだ? ああ?」


「せ、先生、いたんですか?」


 後ろに気が付いた堀先輩が顔を引きつらせていた。

 副顧問の先生は、顔はいかつく体はとてもガタイがいい。だからこそ矢が刺さっても軽症で済んだんだろう。


「なんで生霊なんて突拍子もない事言い出してるんだ? オカルトオタクか?」


「い、いや、この頃、俺 的中率下がっちゃってもしかしたら、誰かに恨まれてんのかなぁと」


「己の不調を他人のせいにするな。大体、堀は注意力が足らないから事故起こすんだ。違うか」


「は、はい」


 藪蛇やぶへびだ。

 シュンとする堀先輩を尻目に、橋本先輩が自転車をこぎ始めた。


「あ、あの! 橋本先輩!」


 思わず今度は私が先輩を呼び止める。


「この前、し、塩ありがとうございました。おかげで身体がスッキリしました」


 ようやく、お礼が言えた。

 橋本先輩は少しだけ頬を緩ませて、何も言わずに去って行ってしまった。


「あいつ、相変わらず無愛想だなぁ」


 先生と堀先輩は呆れていたが、私は満足だった。

 先輩、ちょっと笑ってた。



――数日後。


「今、二年の女子二人が鬱で学校休んでるんだって」


 学校帰り、前を歩く三年生の女子達が話していた。


「一人はあの長野朝美って子でしょ? 芸能人並みに可愛いっていう」

「そこまでない。写真はだいたい盛ってあるし、そもそも整形って噂だよ」

「やっぱりねー。ストーリーもうざかったよね」


 ウザかったら見なきゃいいのに。

 バス停で足を止めると、噂話をしていた三年生の姿は見えなくなった。

 何となくホッ。

 テスト前なのでベンチに腰を下ろし、単語帳を開いて時間を潰す。

 そろそろバスが来るなと思った頃、


「おい、ガリ勉少女」


 嫌な呼び方をされて顔を上げると、目の前に堀先輩と橋本先輩が立っていた。








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