第5話 渦〚推し〛
「此の世をば我が世と思ふぞ望月の かけたることも無しと思へば」
平安の世の栄華を極めた藤原道長。
この歌は、天皇に娘を嫁がせた時のお祝いの席で道長が詠んだものだ。
たとえ実の兄でもライバルとして蹴落とし、摂政・関白の地位に就いた藤原道長は、恨みや反感を受けることも多かったという。
そこで、道長は安倍晴明を頼りにするようになる。
「『源氏物語』にもみられるように、一見表向きは華やかな世界ですが、裏を返せば出世の為に人を呪い、他人を蹴落としてまで権力を掴む泥沼の時代でした。自分の能力以外の実力で定められる運命、摂関政治に代表されるような身内での政治機構、これらの窮屈な世の中が貴族の心を縛り付け、恨みを生んだといえるでしょう」
大好きな古典を扱った授業。
クラスメートの殆どは退屈そうにしている。
先生の光源氏のモデルだと言われる藤原道長の話を聞きながら、頭には橋本千尋先輩が頭に浮かんだ。
あの人って、あっさりしたイケメンというか、和風な感じが“光源氏”そのものだと思う。
そういえば、あの試合の時からまともに姿を見ないけど、橋本先輩は元気なのだろうか?
「リリ、授業中、なんかニヤニヤしてなかった?」
休み時間。
加奈に言われて、またやってしまった、と思った。
好きな話や推しのことを思い浮かべると、私の顔はだらしなくなるのだ。
「そんなことないよ、真剣に聞いてたし」
「あんなトローい話、よく真剣になれるね。私は欠伸ばっかしてたわよ」
「うん。見てた」
話す私達の横を、スッ…と黒い影が通り過ぎる。
クラスメイトの朝美だ。
「朝美、昨日、インスタ更新してなかったじゃん!」
自分の席に着く朝美を追って加奈が話しかけても、朝美は下を向いて黙っていた。
「感じ悪っ」
シカトされて腹を立てているのは加奈だけじゃなかった。
「ねぇ、今日の朝美、なんか変じゃない?」「急にお高くとまってんの」
本来の朝美は美人でスタイル良くて、明るくて、どこにいても目立つ女の子。
クラスというか、学年、いや、もしかしたら学校一の人気者かもしれない。
SNSのフォロワー数も凄くて、一度投稿すれば瞬く間に脅威のイイネがつく。
まさに学園のアイドルという感じ。
その朝美が近頃、どういうわけか、とても暗いオーラを放っているのだった。
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