第4話 遮断と結界〚結界〛
* * *
山城りりに憑いていたのは、あの旅館で彷徨っていた数十年も前の殺傷事件の被害者だった。
と言っても、あの宴会場で亡くなったわけでなく、乱闘事件に巻き込まれ重傷を負い、時間を空けて亡くなった女性の霊だ。
被害者はその後の人生が狂わされた無念で、時々霊感のある客が来た時に、ああいった幻を見せるのだろう。
見せるだけなら良かったが、山城と波長が合ったのか
「あら、千尋、お帰りー。予定より早かったのね」
家に着くと、母さんがリビングから声をかけてきた。
父さんが不動産屋で、時には怪しい物件も扱う為、玄関先には盛り塩が置かれているが、これでは足りないかもしれない。
俺は、念の為に結界を張ることにした。
両手で刀印と剣印を作り、そのまま腰の左側に添える。
右手が刀、左手が鞘として右手をスッと抜き、目の前に
最後に両手を広げる。
俺は、これを陰陽師の映画や漫画で知ってからやってるわけではない。
前世での記憶がより濃く思い出されるようになってからは、こうやって身を守るようになった。
まだ前世の記憶が戻っていない幼い頃から、人でないモノは見えていた。
その時は、何が邪悪なものかわからなかったから恐怖も抱かなかった。
お盆に親戚の家に行けば仏壇の所に見知らぬ老人がいたし、交通事故の現場に行けば彷徨う霊魂も見たけれど、こちらに危害が加わることはなかった。
ただ、怖かったのは――
『山辺先生の周りに黒い霧が見えるよ』
死期の近い人がわかるようになったこと。
それがオーラなのか、迎えにきた人の影だったのかはわからないが、それを見た後に身近な人が亡くなったのを数回経験すれば、子供でも軽率に口に出して言わなくなる。
中学生くらいになれば、ハッキリと前世の記憶が蘇り、なぜ自分にこんな能力があるのかも理解できて、あまり怖くはなくなった。
しかし、それと同時に父の安倍晴明と俺にかけられた呪いのことも記憶が戻り、現世での残りの人生には“虚無”しか感じなくなったのだった。
「父さん。そのカレンダーに丸つけした日、きっと雨だよ」
「え、そうなの?」
帰ってくるなり、リビングのカレンダーに新築物件の地鎮祭の予定日に丸をつける父さんに教えてやった。
「天気予報で言ってた」
「予報変わったのか? まぁ、千尋が見てる天気予報は当たるからな、じゃあ、予定日変えて貰おうかな、しかし、どこにするか」
父さんがカレンダーの前でしかめっ面をする。
「テントを用意して張ってすればいい。雨が都合悪いのは人間の勝手だよ。風も雨も自然のものだから悪いことじゃない」
雨がなければ大地は枯れてしまう。
「まぁ、昔から地鎮祭は、″ 雨降って地が固まる″ って言うからな。テント借りとくか」
頷く父さんに背を向け、そのまま二階へ上がろうとしたら、
「千尋、お前なんで進学しないんだ?」
急に表情を厳しくして尋ねられた。
キッチンで洗い物をしていた母さんも口を挟む。
「そうよー、勿体ないって先生も仰ってるのに」
「前も言ったけど」
俺は軽く息をついて答えた。
「大学なんて大して身になることを勉強するわけじゃない。時間と金の無駄だよ。それより俺は早く働きたい」
もうすぐ死んで転生してしまうというのに、受験なんてそれこそ無意味だ。
父さんと母さんは顔を見合わせて溜息をついていた。
とうに自立した姉さんにも時折電話をかけては、相談している母さんの声を何度も聞いた。
「千尋が何を考えてるかわからない」
「すっかり冷めきった子になっちゃって」
――別に冷たくしているわけじゃないよ。
なるべく、俺との思い出を残さないようにしてるんだ。
俺がいなくなった後、俺の存在を忘れてしまう日が来るにしても、それまではやっぱり息子の“死”を悲しむだろうから。
肉親だけじゃない。
親しい友達も作らないし、男女とも交遊も持たないようにしてきた。
それなのに。
なぜ山城リリの除霊なんてしてしまったんだ?
噂では、彼女は神主の娘だと聞いたから、そっちの方が祓いの本家だし任せておけば良かったんだ。
……ただ。
試したかったのかもしれない。
誕生日が近づくにつれて、日に日に増していく、引き継いだ前世の記憶と力を。
俺は、やはり“安倍吉近” なんだ、と確認したかったのかもしれない――
その夜、深夜のテレビ番組では、“現代の陰陽師” として
風呂上りの俺はそれを見ながら、呑気に牛乳を飲んでいた。
彼は、番組のコメンテーターに『あの安倍晴明の子孫ですか?』と訊かれて、『いいえ』と答えた後、こうも言っていた。
『安倍晴明がオカルト的に超人であったとする記述や逸話はフィクションですよ』
――“滋岡道中”。
この人こそ、安倍晴明と自分に呪いをかけた民間陰陽師 “
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