第2話 遮断と結界〚霊障〛


 

 明け方に一時間ほど眠った私はアラームの前に起き、部屋を出て、恐る恐るあの宴会の間へと行ってみた。

 入口のスリッパは一つもなく、襖の凹みも取り替えたのか綺麗になくなっていた。


『中の人達は、自分達の部屋へ戻って行ったの?』


 昨夜、感じていたイヤな空気は微塵も残っていなくて、そこは清々しいほど普通だった。

 私は、一呼吸を置いて襖に手をかけた。

 しかし、どうしても開ける気にはなれなかった。



「お世話になりましたー!」


 部員、顧問の先生と旅館の方々に一礼して宿を後にする時、ロビー入口のウェルカムボードを見てみたのだが、


【歓迎 都立 南谷高校弓道部様】


 団体で泊まっていたのは、私達だけのようだった。

 なら、あれは何だったの?

 もしかして、芸能人のお忍び宴会?

 こんな山奥の温泉旅館ならあり得るかもしれない。

 きっと、そうだ。

 夜のことは忘れよう。

 けれど、その日を境に、私は何から何まで調子が悪くなっていったのだった。


 実は、私は子供の頃から少しだけ霊感がある。

 ある、と言ってもいつも感じるわけではないし、ハッキリと見ることはない。

 しかし、父が神主という仕事に就いているせいか、不思議な体験をすることは多々あった。

 お祓いに来た人に憑いていた動物霊の鳴き声を聞いたり、祈祷の際にあるはずのない人影を見たり。

 けれど、こんな “霊障” とも言える不調を感じたのは初めてだった。

 頭も痛いし、気怠い、そしてやる気が起きない。


 ――やはり、あの旅館は何かおかしかった。


「山城はどんな試合でも※皆中、最低でも※羽分け以上なのに。スランプかもしれないな。それともどこか故障しているなら病院に行ったほうがいいぞ」


「はい。ご心配かけて申し訳ありません。帰ったら……」


 その時。

 顧問の先生の背後で、じっとこちらを見つめる視線に気付き、ハッとする。

 射るような冷たい、鋭い視線。

 上品な目鼻立ちだけれど、表情が読み取れない端正な顔。

 あの橋本千尋先輩だった。


「ん? 何だ? 俺の後ろにお化けでもいるのか?」


 笑えない冗談を言って先生が振り返ると、橋本先輩はすぐに矢取道の方へと行ってしまった。

 先生でも気安く話しかけれないのか、ただその背中を見守って呟いていた。


「橋本は、高校生とは思えんオーラを放ってるな」

「……そうですね」


 あの人はいつもああだ。

 弓道の実力があり、二年生の時に先生から主将への打診があったにもかかわらず断ったという少し変わり者。

 学力も学年で一番という頭脳があるのに、進学はしないという。

 見た目もイケメンというか、男にしては綺麗な繊細な顔立ちをしていて、あれで陽気な性格なら、さぞかしモテただろうと思う。

 それでも隠れファンはいると思う。

 この一年、先輩が誰かと親しく話している所を見たことがないのだが、あの人はそれで楽しいのだろうか?

 そんな橋本先輩が、合宿での夜に話かけてくれたのは、奇跡に近かったのではないか。

 あんな状況でなければ、私ももっと話せたのに。

 そう思う私は、橋本先輩に憧れて弓道を始めた口だった。




  団体戦の予選敗退という散々な結果の大会が終わり、私達は武道館から出て、専用の送迎バスに乗る為に駐車場で待機していた。


「リリ、ますます顔色悪くなってるよ? 大丈夫?」


 こんなに外は暑いのにガタガタ震える私を、友達の悠里が心配そうに覗き込む。


「……やだな、汗かいたから風邪ひいたかな?」

 

「寒いなら、ほら、ジャージの上着着てなよ」


 悠里に肩からジャージをかけられるも、それでは追いつかないほど酷く寒かった。

 インフルエンザの寒気より強いかも。

 ブルっと自分でも驚くくらい足が震えたまま力入らなくて、ついに地面にうずくまってしまう。


「おい」


 低いけれど、よく通る声が降りてきた。

 顔を上げたら橋本先輩がいた。


「顔、真っ青だ」


 逆光で表情はよく見えないが、橋本先輩が私をじっと見下ろしてる。


「少し離れてくれないか」


 と、橋本先輩が言ったのは悠里に対して、だ。


「は、はい」


 冷たい視線におののいて悠里が離れると、橋本先輩が私の肩にそっと手を置いた。





 ※ 全て的にあたること

 ※半分あてること

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