第1話 遮断と結界〚つかれている〛
「りり、“残念”だったね」
今日の弓道競技会の成績が思わしくなかった私。
“残念”とは言葉のまんま、4射中1本も矢が当たらないことを「残念」という。
こんなこと、二年になってから初めてだった。
「山城、最近、急に調子が悪いんじゃないか?」
顧問の先生が言うように、数日前の合宿があった頃から私は不調だ。
というか、つかれているのかもしれないと思う。
先日、合宿と他県校との練習試合も兼ねて、弓道場のある温泉旅館に泊まった時のこと。
100本打ちの練習漬けで疲れていたはずなのに、その夜はなかなか寝付けなかった。
少し離れた宴会場の間から、カラオケや酔っぱらいの笑い声がいつまでも聞こえてきたせいかもしれない。
それでも、午前零時を回る頃には部屋の皆は寝入り、一人だけ目が冴えて布団の中でスマホを弄ったりしていた。
目は疲労を感じるが、眠たくならない。
明日は6時起きなのに困った。
不意に時間を見た時、尿意をもよおした。
大部屋にはトイレは付いておらず、廊下に出なくてはいけなかった。
廊下に出ると、宴会場からはまだ音楽と騒ぎ声が聞こえてくる。
『今、夜中の2時前だよね? ちょっと非常識じゃない?』
近くに高校生が泊まっている部屋があるっていうのに。
宴会場の前を通って、チラリと入り口に視線をやる。
しっかり閉められた襖の前に、スリッパがきちんと並べてあった。
これだけ酔っ払いがいるのに。
きっと、
軽い気持ちで、そこを通り過ぎようとした時、
「キャアァァァッ――……」
女の人の悲鳴が宴会の間から聞こえてきた。
『な、なに?』
「誰か、助け……――」
悲鳴に続いて、ガシャン!と何かが割れる音。
襖に誰かぶつかったのか、ベコッ! と勢いよく凹凸ができる。
ギャアァァ、とかワァァ! とか、男女の声が混ざり合うように漏れてきて、恐怖で動けなくなった。
中で何かが暴れている気配。
『これだけの騒ぎ、近くの部屋で寝ている人は起きないの?』
震える足で後ずさりし、誰か呼びにいかなくてはと踵を返したら、人の身体にぶつかった。
「どうした?」
薄暗い廊下に人の気配。こっちにもびっくりして、「ひっ……!」と短い声を上げる。
「何でそんなに震えてるんだ?」
と、話しかけてきたのは、よく見たら部の先輩だった。
三年生の
イケメンだけど、クールを通り越して冷酷な人かと思うほど無口な。
「あ、あの、橋本先輩も聞きませんでした? そ、そこ、宴会場から悲鳴……」
まだ腰を抜かさないだけマシだったが、震えて歯はガチガチだった。
「いや、」
橋本先輩は表情を変えないまま、私の横を通り過ぎ、廊下の突き当りにあるトイレへと向かって行った。
『え? あの騒ぎが聞こえなかった? 嘘でしょ?』
振り返り、宴会場の方に耳を澄ます。
すると、あれほど騒がしかった部屋からは物音一つせずに、不気味な静けさだけが漂っていた。
『……空耳だった?』
しかし、先ほど凹んだ襖はちゃんと証拠を残している。
『まさか、皆、同時に寝た? 旅館側から注意されて?』
――それとも、皆殺しに遭った?
考えただけで背筋が凍ったが、どうしても、その宴会の間を開ける気にはならなかった。逃げるようにトイレへ駆け込み、用を足した。
トイレには橋本先輩はもういないようだった。
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