Ⅱ
その中で夏海は一つのコマに目を留めた。
「なぁ、それにしてもなんでまた俺の読んでいる漫画が読みたくなったんだ?」
「え?」
夏海は顔を上げて、床から立ち上がって、翔也の手元を覗き込んでくる。
「ほら、ここ。この漫画、うちのクラスでも人気あるんだよね。私、これ、一度も読んだこともないからさ」
(ああ、なるほどね。これを読んでおけばクラスの連中の話についていけるとわけか……。今の中学生は、こういう事もしないと、仲間外れになるのか? 読んでいなくても死ぬわけでもあるまいし)
そういう子に限って、読んでおけばなんとかなるのだろうと、翔也は思いながら、夏海の方を見る。
「私のクラスって、意外と流行りものがいいらしくでさ、大変なんだよ。」
「何だよ、それ。皆に合わせる必要性あるのか?」
そう言って、翔也は自分が貸して、夏海が読み終えた漫画を手に取る。
一巻から集めている翔也は、これを毎週、週刊誌の方をコンビニで立ち読みしている。単行本になった時は、その日をチェックして買いに行っている。
今回は夏海がその漫画を読みたいと言い出して、わざわざ部屋からリビングに持ってきたのである。
翔也も読み始めると、物語にのめりこんでしまう。
「ま、今度アニメ化する話があるからな」
「え! 本当⁉」
がばっと翔也の腕に絡みつくようにして夏海が飛びついてくる。そして、翔也から漫画を取り上げる。
「私、アニメ見てみようかな?」
「んー、アニメから入る奴もいるからな。そういう奴って、大概が、声優さんの影響だからな……。にわかファンに困るんだよ」
「それはお兄ちゃんの理論でしょ」
扇風機が、がたがたと揺れ、ぶーんと静かに音を立てる。
そして、外では、夏の訪れか、セミの鳴き声が聞こえてくる。
「そ、そうだな。でも、しっかりと録画はしておくからな。ほとんどのアニメは深夜アニメだし」
「うん、一応、期待はしておくよ」
そう言って、夏海は再び、漫画本に向き直る。
本来、アニメ化といっても大概のアニメが深夜アニメなのは事実であり、学生にとっては、最悪な時間帯である。できれば、夕方、夜の時間帯にしてほしいものだが、ニュースやどうでもいいバラエティー番組、ドラマがあるため、深夜に持ってこられるのだ。
「はぁ……、意外と他人に合わせるのって面倒なんだよね。なんで中学校、高校になると、他校の生徒と合併するんだろうね」
「そんなの社会の荒波を今のうちに学んでおけって言いたいんじゃないのか?」
「社会の荒波って、簡単に言えば?」
「そんなの面倒な仕事を押し付けられたときとか? 後は、職場仲間の関係とかじゃないのか?」
翔也は、人との関係性が破滅状態どころか、あまりクラスになじめていない状態だった。
こんな夏海が、中学一年生になって三カ月も経っている。
「一応、訊いておくが、お前、高校はどこを受けるんだ?」
(ま、俺の妹だから、どうせ、家に近い俺と同じ高校を選ぶに違いない。俺の妹は少し、俺に似ているところがあるからな)
「お兄ちゃんと同じ高校だけど? 家から近いし、別に偏差値も高くないから別にいいかなって……。ほら、遠いとこに行くと、それだけ面倒でしょ」
漫画本を読みながら、平然とした様子で夏海が答える。
(さすが俺の妹、俺の思っていた通りだ)
夏海の賢さなら西高でも十分に通る範囲内であり、翔也も平均点よりも上を取っていても普通に受かったくらいである。
「ま、それならいいんだけどさ。西高だと、たぶん、市内の中学生の平均点より上の奴が来るところだぞ。一応、うちは進学校だし……」
「大丈夫、大丈夫。後、二年半以上もあるんだし、高校入試って、案外落ちないもんだよ。馬鹿じゃない限りは」
「あ、そう」
と、翔也はため息をついた。
(ま、そうだよな。馬鹿じゃなければ通る学校ではあるわな。考えすぎなのは俺だったのか? そうだな。そうに違いないな)
「だって、お兄ちゃんみたいな人だって合格したんだし、大丈夫でしょ。受験の時、お母さんが心配していたくらいだしね。お兄ちゃんの事だから、『絶対に通るはずがない!』と思っていたらしいから。これ、私情報だから」
最後の方は最低だった。
「……それ、初耳だぞ」
(母さん、俺が西高に通らないと思っていたのかよ。それは親としてどうなのですかね? 親として……)
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