Ⅲ
あまり乗り気がしない翔也は、自転車の鍵で施錠を解除し、車庫から出す。
「それにしても今日はいい天気だよな。絶好の祭り日和だ」
「朝から天気はいいだろ?」
「おー、そうだった、そうだった」
達巳は空を眺めながら、翔也が出てくるのを待っていた。
「お前、何か企んでいるだろ……?」
翔也が達巳に訊いてみた。
「いや、別に。俺は思っていたことを言ってみただけだよ」
「……」
翔也は達巳の様子を見て、怪しく思う。
(なーにがしたいんだ? 絶対、何か隠しているな。こいつ……)
翔也は車庫の扉を閉めると、自転車にまたがる。
「で、自転車はどこに止めるつもりなんだ?」
「そうだな。銀行前の駐輪場でいいんじゃないか?」
「あそこか? でも大丈夫なのか? あそこ結構、止める奴が多かったような」
「でも、あそこ以外に近場なんてないぞ。神社内は、関係車両が止めているし、後、近場となると、少し遠めにある駅の駐輪場しかないからな」
「駅前ね。分かった。銀行前にするか」
二人は自転車を漕ぎながら堤防を走る。
「それにしても今年の桜は満開だな。菜の花も綺麗に咲いているし、親子ずれも多い。いやー、絶景、絶景」
達巳が笑顔で言いながら、桜に菜の花、堤防の道、そして、穏やかに流れる川を見ながら言った。
橋を渡り、弘法大師の大きな石像が立つ山が見えてくる。
近くの商店街まで行き、地元の銀行の名前が入った看板の前に自転車を止める。
「さて、行きますか」
達巳がさっさと神社がある山へと向かおうとするが、翔也が左手で達巳の右肩を掴み、動きを止める。
「ちょいまち」
「へぇ?」
達巳が振り返る。
「その前にお前はやることがあるだろ?」
「え? 何を?」
「ん!」
翔也は右手で指さす。
その先はたこ焼き屋だった。
「今じゃないとダメ?」
達巳は苦笑いをする。
「ああ」
と、翔也は頷いて返事をする。
そもそも、ここに来る約束は何かを奢るという理由だったわけで、翔也は今、たこ焼きを食べたい気分である。
二人は、八個入りのたこ焼きを二つ受け取り、代金を達巳が支払う。
(やっぱ、覚えていたか……。くそ~)
ちょっと、財布の中身がさみしくなり、千円札が二枚ほど減り、小銭を受け取る。
翔也は、爪楊枝でたこ焼きを刺し、口の中に一口で入れる。
(あっつ! でも、うまいな)
ゆっくりと口の中で食べながら噛んで飲み込む。
「お前、これを買ってやったんだから、文句言うなよ」
「言わねぇーよ。その前にお前が約束したんだろ⁉」
二人は、神社がある山の方に向かって食べながら歩き始める。
この旭ヶ丘市の春のイベントは、この大師祭りになる。
弘法大師の石像が、今山という山にあり、山の中腹には今山神社という神社がある。
そして、この弘法大師がこの街のシンボルであり、雨や風などの災害から守ってくださるという言い伝えがある。
この大師祭りは、四月の下旬、週の終わりごろの金土日の三日間行われる。
「それにしても、こうして久しぶりに歩いてみると、意外と人気があるんだな。この祭り……」
翔也は周りを見渡して言った。
「まぁ、人気はあるだろうな。年に春・夏・冬の三回しか行われない祭りの中での一つだからな。そりゃあ、家族ずれ、小さい子供がいるところや小学生、中学生は多いだろうな」
「そういう俺たちはどうなるんだ?」
「そうだな。ただの野次馬ってところかな?」
「何が野次馬だよ」
二人が山に登る前の大きい鳥居の所で立ち止まると、達巳が翔也の袖を引っ張る。
「こっち、こっち」
翔也は達巳に連れられて、小さな池のほとりに行く。
そこには、見覚えのある女子二人が、池のほとりで待っていた。
「おーい、唯ちゃーん」
と、手を振る達巳を一瞬で腹を殴る唯。
それほど嫌だったのだろうか。少し、顔が赤くなっていた。
「ぐはっ」
殴られた達巳は腹を押さえる。
「はぁ、はぁ……」
乱れた髪を整え、達巳の方を睨みつける。
「いい加減にしてもらえる? こんな所で名前を呼ばれるの、恥ずかしいんだけど」
「いやー、相変わらずだね。唯ちゃん。うん、結構、結構」
達巳は笑顔で言う。
「おい、達巳。これはどういうことだ?」
翔也は達巳に説明を求める。
「え? 言ってなかったっけ?」
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