あまり乗り気がしない翔也は、自転車の鍵で施錠を解除し、車庫から出す。

「それにしても今日はいい天気だよな。絶好の祭り日和だ」

「朝から天気はいいだろ?」

「おー、そうだった、そうだった」

 達巳は空を眺めながら、翔也が出てくるのを待っていた。

「お前、何か企んでいるだろ……?」

 翔也が達巳に訊いてみた。

「いや、別に。俺は思っていたことを言ってみただけだよ」

「……」

 翔也は達巳の様子を見て、怪しく思う。

(なーにがしたいんだ? 絶対、何か隠しているな。こいつ……)

 翔也は車庫の扉を閉めると、自転車にまたがる。

「で、自転車はどこに止めるつもりなんだ?」

「そうだな。銀行前の駐輪場でいいんじゃないか?」

「あそこか? でも大丈夫なのか? あそこ結構、止める奴が多かったような」

「でも、あそこ以外に近場なんてないぞ。神社内は、関係車両が止めているし、後、近場となると、少し遠めにある駅の駐輪場しかないからな」

「駅前ね。分かった。銀行前にするか」

 二人は自転車を漕ぎながら堤防を走る。

「それにしても今年の桜は満開だな。菜の花も綺麗に咲いているし、親子ずれも多い。いやー、絶景、絶景」

 達巳が笑顔で言いながら、桜に菜の花、堤防の道、そして、穏やかに流れる川を見ながら言った。

 橋を渡り、弘法大師の大きな石像が立つ山が見えてくる。

 近くの商店街まで行き、地元の銀行の名前が入った看板の前に自転車を止める。

「さて、行きますか」

 達巳がさっさと神社がある山へと向かおうとするが、翔也が左手で達巳の右肩を掴み、動きを止める。

「ちょいまち」

「へぇ?」

 達巳が振り返る。

「その前にお前はやることがあるだろ?」

「え? 何を?」

「ん!」

 翔也は右手で指さす。

 その先はたこ焼き屋だった。

「今じゃないとダメ?」

 達巳は苦笑いをする。

「ああ」

 と、翔也は頷いて返事をする。

 そもそも、ここに来る約束は何かを奢るという理由だったわけで、翔也は今、たこ焼きを食べたい気分である。

 二人は、八個入りのたこ焼きを二つ受け取り、代金を達巳が支払う。

(やっぱ、覚えていたか……。くそ~)

 ちょっと、財布の中身がさみしくなり、千円札が二枚ほど減り、小銭を受け取る。

 翔也は、爪楊枝でたこ焼きを刺し、口の中に一口で入れる。

(あっつ! でも、うまいな)

 ゆっくりと口の中で食べながら噛んで飲み込む。

「お前、これを買ってやったんだから、文句言うなよ」

「言わねぇーよ。その前にお前が約束したんだろ⁉」

 二人は、神社がある山の方に向かって食べながら歩き始める。

 この旭ヶ丘市の春のイベントは、この大師祭りになる。

 弘法大師の石像が、今山という山にあり、山の中腹には今山神社という神社がある。

 そして、この弘法大師がこの街のシンボルであり、雨や風などの災害から守ってくださるという言い伝えがある。

 この大師祭りは、四月の下旬、週の終わりごろの金土日の三日間行われる。

「それにしても、こうして久しぶりに歩いてみると、意外と人気があるんだな。この祭り……」

 翔也は周りを見渡して言った。

「まぁ、人気はあるだろうな。年に春・夏・冬の三回しか行われない祭りの中での一つだからな。そりゃあ、家族ずれ、小さい子供がいるところや小学生、中学生は多いだろうな」

「そういう俺たちはどうなるんだ?」

「そうだな。ただの野次馬ってところかな?」

「何が野次馬だよ」

 二人が山に登る前の大きい鳥居の所で立ち止まると、達巳が翔也の袖を引っ張る。

「こっち、こっち」

 翔也は達巳に連れられて、小さな池のほとりに行く。

 そこには、見覚えのある女子二人が、池のほとりで待っていた。

「おーい、唯ちゃーん」

 と、手を振る達巳を一瞬で腹を殴る唯。

 それほど嫌だったのだろうか。少し、顔が赤くなっていた。

「ぐはっ」

 殴られた達巳は腹を押さえる。

「はぁ、はぁ……」

 乱れた髪を整え、達巳の方を睨みつける。

「いい加減にしてもらえる? こんな所で名前を呼ばれるの、恥ずかしいんだけど」

「いやー、相変わらずだね。唯ちゃん。うん、結構、結構」

 達巳は笑顔で言う。

「おい、達巳。これはどういうことだ?」

 翔也は達巳に説明を求める。

「え? 言ってなかったっけ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る