Ⅱ
「そんなこと言わずにいこうぜ。な、いいだろ?」
あまりにもしつこい達巳に心が折れた翔也は、小さく頷く。
「分かったよ。行けばいいんだろ、行けば!」
「よし、じゃあ、あとで迎えに行くからな」
「はいはい」
ボールを片づけた後は、顧問の先生の話を聞き、下校する。
部室棟の裏——
「ゆーいーちゃーん!」
と、自分の名前を呼ぶ男の声が聞こえた。
竹下唯は、ギロッ、と自分の名前を呼ぶ男を睨みつける。
「うるさい。そんな気持ち悪い言い方やめて」
「えー、いいじゃん! 俺たちの仲だろ? 唯ちゃん」
「やめて頂戴」
唯は、はぁ、とため息をつく。
「それでどうだったの? 北村君」
その男は翔也の親友、達巳だった。
ここは部室棟の裏であり、ここに来る生徒はあまりいない。
だから、ここには達巳と唯しかいない。そもそも、この二人が二人っきりでいるのは、まれに見ない光景であり、話していること自体が珍しい。
「そうだね。何とか、来るようには取り付けたけど、そっちの方はどうなんだい? うまくいったのかい?」
達巳は、ニッ、と笑う。
「ええ、何とかこっちも話はついたわ。でも、それにしても以外ね。あなたがそんなに積極的に協力してくれるなんて、何か、裏があるんじゃないかしら?」
唯はチラッ、と達巳を見る。
「あ、そう見える?」
「ええ、胡散臭さが出てるわよ」
「あ、そう……」
達巳は苦笑いする。
「ま、何でもいいけど、二葉の邪魔をしたら、私、許さないわよ」
唯は、達巳を再び睨みつける。
「分かっているよ。でも、俺が協力するのはあくまでも翔也のため、二葉ちゃんに勇気があるかどうかは、彼女次第ってわけだ」
「そうね。私も同じ意見よ。あの子、あまりにも勇気を出さないから困るのよね」
唯は額に手を当てて悩む。
「いいわね。今日の二時過ぎに打ち合わせ通りの場所で」
「はいはい。分かっていますよ。いやー、唯ちゃんとのデート、楽しみだな」
「ふざけないでもらえる? 私、あなたとデートなんてする気はないわよ」
「つれないなー。たまには、俺のジョークにも付き合ってもらいたいよ」
「いーやーよ! じゃ、後の事はよろしくね」
唯はそう言い残して、その場から立ち去った。
(ま、今日はこの辺にしておくか……。翔也の事もあるからな……)
達巳も自分の部室に戻ることにした。
× × ×
「あれ? お兄ちゃんどこか行くの?」
と、翔也が着替えている所に、部屋に入ってきた夏海が訊いた。
「祭りだよ。祭り……」
「祭り? あ、そうか。昨日から始まっている大師祭りね。珍しいね、お兄ちゃんがお祭りに行くなんて」
夏海は少し驚いていた。
「別にいいだろ? 達巳に誘われたんだよ」
「そう、達巳君に言われたんだ。大師祭りね……」
「なんだ? お前も誰かと行くのか?」
「いや、行かないよ。だって、祭りの出店で買うよりも冷凍食品の食べ物勝った方が安いからね」
「さすが、俺の妹、しっかりしているな……」
翔也は感心した。
「まぁ、お兄ちゃんが奢ってくれるなら別かな?」
「奢らねぇーよ」
翔也は夏海の頭を軽く叩いた。
「っつー‼」
頭を押さえる夏海。
そして、翔也は夏海の頭をなでる。
「ま、何かお見上げに買ってきてやるよ。達巳に奢らせるから」
「お、お兄ちゃん……」
ちょっと、うるっ、と涙目になるが、すぐにいつもの調子に戻る。
「まぁ、お兄ちゃんじゃなくて達巳君が奢るんでしょ。お兄ちゃんはただのたかり、なんだけどね……」
「ま、そうなんだけどね……」
翔也はショルダーバックを左肩に掛けると、祭りに行く準備ができる。
「さて、行くとするか?」
翔也はスマホで時間を確認すると、部屋を出ようとする。
「あ、ちょいまち、お兄ちゃん!」
夏海はてってって、と自分の部屋に戻って、三分後に出てくる。
「はい、これ。向こうに言ったら開けてね」
夏海から小さな紙切れをもらい、それをズボンのポケットの中に入れる。
「じゃあ、いってらっしゃい!」
「お、おう……」
追い出されるように翔也は夏海から背中を押された。
外を出ると、達巳が自転車に乗って待っていた。
「よっ!」
「お前、一体何時に来たんだ?」
「そうだな。今から約十分前かな」
「だったら、インターホンくらい鳴らせよな」
「いやいや、その時間ぴったりに出てくるのが翔也のいいところだろ?」
「はぁ……」
翔也は扉の鍵を閉め、車庫に向かう。
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