「そんなこと言わずにいこうぜ。な、いいだろ?」

 あまりにもしつこい達巳に心が折れた翔也は、小さく頷く。

「分かったよ。行けばいいんだろ、行けば!」

「よし、じゃあ、あとで迎えに行くからな」

「はいはい」

 ボールを片づけた後は、顧問の先生の話を聞き、下校する。


 部室棟の裏——

「ゆーいーちゃーん!」

 と、自分の名前を呼ぶ男の声が聞こえた。

 竹下唯は、ギロッ、と自分の名前を呼ぶ男を睨みつける。

「うるさい。そんな気持ち悪い言い方やめて」

「えー、いいじゃん! 俺たちの仲だろ? 唯ちゃん」

「やめて頂戴」

 唯は、はぁ、とため息をつく。

「それでどうだったの? 北村君」

 その男は翔也の親友、達巳だった。

 ここは部室棟の裏であり、ここに来る生徒はあまりいない。

 だから、ここには達巳と唯しかいない。そもそも、この二人が二人っきりでいるのは、まれに見ない光景であり、話していること自体が珍しい。

「そうだね。何とか、来るようには取り付けたけど、そっちの方はどうなんだい? うまくいったのかい?」

 達巳は、ニッ、と笑う。

「ええ、何とかこっちも話はついたわ。でも、それにしても以外ね。あなたがそんなに積極的に協力してくれるなんて、何か、裏があるんじゃないかしら?」

 唯はチラッ、と達巳を見る。

「あ、そう見える?」

「ええ、胡散臭さが出てるわよ」

「あ、そう……」

 達巳は苦笑いする。

「ま、何でもいいけど、二葉の邪魔をしたら、私、許さないわよ」

 唯は、達巳を再び睨みつける。

「分かっているよ。でも、俺が協力するのはあくまでも翔也のため、二葉ちゃんに勇気があるかどうかは、彼女次第ってわけだ」

「そうね。私も同じ意見よ。あの子、あまりにも勇気を出さないから困るのよね」

 唯は額に手を当てて悩む。

「いいわね。今日の二時過ぎに打ち合わせ通りの場所で」

「はいはい。分かっていますよ。いやー、唯ちゃんとのデート、楽しみだな」

「ふざけないでもらえる? 私、あなたとデートなんてする気はないわよ」

「つれないなー。たまには、俺のジョークにも付き合ってもらいたいよ」

「いーやーよ! じゃ、後の事はよろしくね」

 唯はそう言い残して、その場から立ち去った。

(ま、今日はこの辺にしておくか……。翔也の事もあるからな……)

 達巳も自分の部室に戻ることにした。


   ×   ×   ×


「あれ? お兄ちゃんどこか行くの?」

 と、翔也が着替えている所に、部屋に入ってきた夏海が訊いた。

「祭りだよ。祭り……」

「祭り? あ、そうか。昨日から始まっている大師祭りね。珍しいね、お兄ちゃんがお祭りに行くなんて」

 夏海は少し驚いていた。

「別にいいだろ? 達巳に誘われたんだよ」

「そう、達巳君に言われたんだ。大師祭りね……」

「なんだ? お前も誰かと行くのか?」

「いや、行かないよ。だって、祭りの出店で買うよりも冷凍食品の食べ物勝った方が安いからね」

「さすが、俺の妹、しっかりしているな……」

 翔也は感心した。

「まぁ、お兄ちゃんが奢ってくれるなら別かな?」

「奢らねぇーよ」

 翔也は夏海の頭を軽く叩いた。

「っつー‼」

 頭を押さえる夏海。

 そして、翔也は夏海の頭をなでる。

「ま、何かお見上げに買ってきてやるよ。達巳に奢らせるから」

「お、お兄ちゃん……」

 ちょっと、うるっ、と涙目になるが、すぐにいつもの調子に戻る。

「まぁ、お兄ちゃんじゃなくて達巳君が奢るんでしょ。お兄ちゃんはただのたかり、なんだけどね……」

「ま、そうなんだけどね……」

 翔也はショルダーバックを左肩に掛けると、祭りに行く準備ができる。

「さて、行くとするか?」

 翔也はスマホで時間を確認すると、部屋を出ようとする。

「あ、ちょいまち、お兄ちゃん!」

 夏海はてってって、と自分の部屋に戻って、三分後に出てくる。

「はい、これ。向こうに言ったら開けてね」

 夏海から小さな紙切れをもらい、それをズボンのポケットの中に入れる。

「じゃあ、いってらっしゃい!」

「お、おう……」

 追い出されるように翔也は夏海から背中を押された。

 外を出ると、達巳が自転車に乗って待っていた。

「よっ!」

「お前、一体何時に来たんだ?」

「そうだな。今から約十分前かな」

「だったら、インターホンくらい鳴らせよな」

「いやいや、その時間ぴったりに出てくるのが翔也のいいところだろ?」

「はぁ……」

 翔也は扉の鍵を閉め、車庫に向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る