一花が真正面から喧嘩するなら、三咲には勝ち目はない。

 三咲は足を揃えて、しゅんとした顔をする。

「まぁ、私も悪いところはありましたが、あなたに譲るつもりはありませんし、手を抜くつもりもありません。それでも勝ち目があるなら向かってくるといいですよ」

 三咲もすぐに元気を取り戻し、一花を見る。

「ふん! それでも最後に勝つのは私よ。一花なんかに負けやしないもん」

「ふふふ」

「ははは」

 翔也からして、二人の後ろには龍と虎が見えたような気がした。

(き、気のせいだよな……)

 翔也は二人のいがみ合に何も手を出せなかった。

「ふ、二人とも? もう、その辺で……」

「翔君」

「翔也君」

「「黙ってて‼」」

「は、はい……」

 二人に睨まれて、翔也の立場がない。

「私に勝てるとでも思っているのですか?」

「あら? じゃあ、一花ちゃんは私にもう、勝っているつもりなんだ」

「当然です。三咲みたいに優柔不断ではありませんので」

「くっ……」

 一花に言われて、三咲は少し悔しがる。

「ま、これくらいにしておきましょう」

 一花は開き直って、翔也の方を見る。

「翔也君、それでなんですが……」

「あ、ああ……」

「今日はこの辺にしましょう。これ以上、やっても勉強に支障が出ると思いますので……」

「そ、そうだな……」

 翔也と一花は、それぞれの道具を直し始める。

 それを眺めながら、三咲は面白くなさそうに思っていた。

(ちぇ……まさか、一花がこんな手で出てくるとは思っていなかったわ。ちょっと、後手を踏んだかしら?)

 二人は道具を直し終えると、翔也は立ち上がって帰ろうとする。

「じゃあ、俺、もう帰るわ」

「は、はい」

「私もついていくわ」

 二葉がそう言って、三人は玄関に向かって階段を降りる。

 靴を履き、扉を開けようとしたとき、振り返って二人の方を見る。

「じゃあ、また、明日、学校で……」

「はい、学校で……」

「翔君じゃあね」

 翔也は扉をそっと閉じた。

「……」

「……」

 一花と三咲は、互いに互いの顔を見て、黙ったまま威嚇する。

「私、負ける気ないから!」

 三咲から宣戦布告する。

「私だって負けるつもりはありません」

 一花も負けじと言い返す。

 そして、二人はそれぞれの部屋に戻った。


 帰宅後——

「はぁ……」

 翔也は扉に寄りかかり、ため息をついた。

(疲れた……。ま、一番最後がつかれたんだけどな……)

 靴を脱ぎ、リビングに向かう。扉を開けると、いつも通り、テレビを点けながら、夏海が夕食の準備をしている最中だった。

「ただいま」

「おかえり~! どうだった?」

「なにが?」

「そりゃあ、一花ちゃんとの勉強会だよ」

「何だよ、知っていたのかよ。誰に聞いたんだ?」

 荷物を床に置き、冷蔵庫からお茶を取り出し、口をつけずに飲む。

「ん? お母さんだけど?」

「あ、そう……」

「それよりもどうだったの? 楽しかった?」

 夏海は興味津々に翔也に詳細を聞いてくる。

「さぁな。普通だったよ」

「えー、おもしろくないですな……。絶対に何かあったでしょ?」

「うるさいな。手が止まってるぞ。本人がないって言えばないの」

 翔也は飲み終えたお茶のペットボトルを流し台に置く。

「そんなもんですかね?」

「そういうもんだ。それでいいだろ?」

 翔也はソファーで横になり、夕方のニュースを聞きながら目をつぶる。

(ま、お兄ちゃんの事だから何かあったんだろうけど、そのことは後で一花ちゃんにでも訊いておこうっと……)

 夏海は再び料理に集中し始めた。


 夕食を食べ終えた後、風呂に入り、自分の部屋に戻ってきた翔也は寝る前にスマホを開いた。

 そこには一花からのメッセージが一件入っていた。

『今日はすみませんでした。私としたことが取り乱してしまいました。で、でも、今日は本当に楽しかったですよ。明日のテスト、頑張りましょう! おやすみなさい』

 と、書かれてあった。

 そして、翔也はそのまま眠りについた。

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