「いえ、これはですね……。何と言いますか……。そうです。たまたまです。たまたま……」

「言い訳が出来ていないわよ」

 由紀はニコニコしながら言った。

「で、一応、もう三時半だけど……」

 由紀が言った。

 二人は顔を真っ赤にして、話がかみ合わない。

「まぁ、いいわ。もう少しで二人も帰ってくるころだし、ごゆっくり~」

 由紀は扉を閉じた。

「……」

「……」

 二人は距離を離れたまま黙っている。

「その……毛布、ありがとう……」

 翔也は、自分に着せてくれた毛布を持って、礼を言う。

「あ、はい……」

 一花にさっきまでの勢いはなく、まだ、心臓がバクバクしている。

「それで……」

「何でしょうか?」

「やっぱ、一花も疲れていたのか? 俺に勉強を教えていたせいで、オーバーワークしたとか……」

「いえ、そんなことは! ありませんが……」

 急に声が小さくなる一花。

「そうですね。私は私なりにただ……やらなければならないと思っていましたし、それに今日は、私にとっては……」

 一花はゆっくりと話すが、いつもみたいにはっきりと言えない。

 それどころか、一花は翔也の方に近づいてきて、抱きつく。

「——‼」

 とっさに抱きつかれた翔也は、声を上げられない。

「ええと、一花?」

「待ってください。もう少し、このままでいさせてください」

 一花に抱きつかれた翔也は、一花を離さずに諦めた表情をする。

「私は今まで不安だったのかもしれません」

「不安とは?」

「この関係がいつかは壊れてしまうのかです」

「……」

 少し重たい話になる。

「私たちは今まで四人、一緒に過ごしてきました。だから、この関係が怖かったのです。皆、離れ離れになったらどうしようか。でも、小学校を過ぎて、中学校に入るころには、皆、それぞれの道を歩き始めました。私もそうです。今まで勉強とバトミントンしかやってきませんでした」

「……」

 翔也は一花の話を聞いたまま、天井を見上げる。

「だから、私たちが一緒に居られるのも、もしかすると、あと二年かもしれない。二年後には、それぞれ、違う道を再び歩き出します。だから、私は今の生活を大切にしたい」

 一花の話は思っていたよりも翔也に響いた。

 それぞれの気持ちがこんな風に思っているとは思ってもいなかった。

 以前の三咲もそうであれば、一花は一花の思いがある。

 もしかすると、二葉も何か思っているのかもしれない。

 翔也は、三人の本当の気持ちを訊くのが怖かった。

 幼馴染でありながらも、人間の気持ちは、いつか、変わるものだと思っていたからだ。

「そうか……。なら、悔いのない二年間にしないとな……」

 翔也は、一花の頭をなでる。

「はい……」

 一花は抱きついたまま、ギュッともう一度、抱きしめる。

「それでなんだが……」

「はい?」

「そろそろ話してくれないか? その、抱きついたままっていうのも嬉しいと言えば、嬉しいんだが……恥ずかしいんだが……」

「え?」

 一花は我に戻り、今の状況を把握する。

 自分の体が翔也の体に密着しており、足も絡まり、他の人から見てみれば、これはこれで葉鹿しい現場を目撃されてもおかしくない。

 すると、ノックもせずに扉が突然開いた。

「一花、悪いんだけど、勉強を教え…て……」

 そこへ偶然というか、運が悪いというか、三咲が入ってきた。

「え?」

「へっ?」

「はぁ……」

 抱き合う二人現場に遭遇した三咲。翔也に抱きついたままの一花と目が合う。

 そして、翔也は翔也で、顔に手を当てて、ため息をついた。

「ねぇ、三咲。どうしたの?」

 その後ろには二葉の姿があった。

「……」

 二葉はその現場を見て、思考が停止し、急に倒れる。

「二葉ぁあああああ‼」

 三咲がすぐに振り返り叫んだ。


「なるほど。今日は二人っきりの勉強会だったわけね」

 三咲は一花の布団に座り、足を組んでいた。

 当の本人たちは床に正座されていて、二葉は自分の部屋で横になっている。

 三咲に説教されていた二人は反省しており、三咲の威圧感に圧倒されていた。

「はい……」

「はい……」

 二人は何も言い訳をせず、返事をする。

「で、なんで、あんな体勢になるわけ?」

 三咲は怒っている。

「そ、それはですね……」

 一花が弁解をするが、

「それが何?」

 ギロッ、と睨みつける三咲に一花はすぐに黙り込んでしまう。

「まぁ、いいだろ? 三咲、それでどうってこともないんだし……」

 翔也が、この場を一旦終わらせようとするが、三咲の暴走は終わらない。

「どうってこともないね。二人でこそこそと一日中一緒に居るなんて不公平よ!」

 三咲が長々と話を始めようとするが、一花の脳裏に何かがネジが取れた瞬間でもあった。

「大体ね……」

「へぇー、三咲は不公平というんですね。では、この前の休日の事はどうなるんでしょうか? そっちも不公平ですよね」

 一花はふふふと笑い、三咲の方を見る。

「い、いや……それは……その……」

 三咲は顔を引きずったまま、次の言葉が出てこない。

「さて、どうします? まだ、何かありますか?」

「いえ、何もありません」

 三咲は一花に負けた。

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