その後、一花、二葉、三咲の三人がそれぞれ自己紹介をして、最後の一人が終わるまで、約二十分かかった。

 自己紹介も終わると、白上先生は、今後の流れを話し始める。委員会決めや春課外の提出など、午前中までに終わらせるのは、山ほどある。

 一時限目の終了のチャイムが鳴ると、クラスメイト達は、三つ子のところに集まってくる。

「えーと、一花ちゃんだっけ?」

「いや、三咲だけど……」

 三咲は苦笑いをしている。

 早速、間違われる。

「二葉さん! 俺、本、好きなんすけど、どんな本がおすすめっすか⁉」

 と、クラスの男子生徒が話しかけてくる。

「いや、私は一花でして……」

 一花も間違われている。

 翔也は、少しイラッ、と来ており、いきなり立ち上がった。

「そこ、通してくれないか?」

 と、クラスメイトに話しかける。

「あ、ごめん……」

 そう言って、通路を開けてもらう。

「ありがとう…」

 翔也は礼を言って、そのまま歩いていく。

 再び、クラスメイト達は三つ子に、夢中になり始める。

 本当は、こんなところで助け船などを出したくないのだが、幼馴染が困っているのを見過ごすほど、お人好しではない。

「あ、そうだ。そいつらを見分けたかったら髪の長さで見分けた方が早いぞ」

 翔也はそう言い残して、教室を後にした。

 クラスメイト達は、翔也の姿が見えなくなるまで、一言も何も言わなかった。

「えっと、山下君だっけ?」

「有馬さんとどういう関係なの?」

「あいつ、いつも一人でいたよな。一年の頃も…」

「いや、一人だけ、いつもつるんでいる奴がいなかったか?」

「ああ、いたな…」

 クラスメイト達は、翔也の噂話をする。


 B組の隣には、男女トイレが設置されており、翔也は、男子トイレの扉をスライドすると、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

「翔也~! おい、翔也‼」

 その声はだんだん近づいてくる。

(面倒な奴が来た……)

 翔也は、すぐさま、扉を開き、閉じる。

「ぐはっ!」

 翔也を呼ぶ、その生徒が扉にぶつかり、廊下に倒れる。そして、自ら再び、扉を開いて、男子トイレへと入っていく。

 シューズを脱ぎ、トイレのスリッパを履き替える。

 奥の方でトイレをしている翔也の隣に立ち、ニコニコ、と笑顔で、翔也の方を見る。

「なんだよ……」

 痺れを切らせた翔也が口を開く。

 隣に立つ少年は、学ランを脱いでおり、白いYシャツを捲り、眼鏡を掛けている。身長は、翔也と変わらない一七〇センチ。髪の色は地毛であり、茶色。短髪のさっぱりとしたセットと、性格からしてお調子者である。

「いやー、朝の自己紹介は何だい? あれは、俺にとってウケたよ。本当に最高だったわ。それにまさか、あの三つ子と同じクラスになるとは…。果たして、運命なのか、はたまた、不運だったのか。面白い一年になりそうだ」

 少年は笑いながら言った。

「達巳。お前、余計な話をしたら、分かっているよな?」

 翔也から名前で呼ばれた少年、北村達巳は、とぼけた顔をする。

「オーケー。分かった。余計なことは言わない。だが、サポートはさせてもらうぞ」

「はぁ? サポート? 聞いていなかったのか? 余計な話をするな!」

 トイレを済ませると、翔也は手を洗う。

「でも、翔也。『余計な話』をしなければ、別にいいんだろ?」

「……」

 達巳は、ニヤリ、と笑う。

「そもそも家が隣同士で、誕生日も同じ、幼馴染にしては、これ以上にもない幸せなことはないんだろ?」

 二人は、トイレのスリッパからシューズに履き替え、男子トイレを出る。

「だからなんだ?」

「で、あの三人の中で、誰が好きなの?」

「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……」

 翔也は、突然咳き込む。

「おい、大丈夫か?」

「あ、ああ……」

 乱れた呼吸をゆっくりと整える。

「わりぃ、今は、俺の訊くタイミングが悪かった…」

 達巳は、翔也に謝る。

「でも、これだけは言わせてもらうぞ」

「あ? ああ……」

 翔也はごくり、と息をのむ。

「さっさと決めろ! 親友‼」

 と、達巳は勢いよく翔也の背中を叩いた。

「いってぇ~‼」

 翔也の叫び声は、廊下に響き渡った。


 教室に戻ると、クラスメイト達は翔也に何も注目していなかった。

(まだ、あいつらに夢中なのかよ……。ってか、俺の席…占拠されているし……)

 自分の席は、誰かに座られており、チャイムが鳴るまで、戻る場所がない。

「ん? 翔也、早く席に座らないとチャイムが鳴るぞ」

「あ、ああ……。それはそうなんだが……」

 達巳はちらっ、と視線を違う場所に向ける。

(ああ、そういうことね)

 達巳はそれに気づき、三つ子の方へと歩いていく。

「ほら、お前ら、チャイムが鳴るぞ! 続きは後にしたらどうだ?」

 達巳は、助け舟を出した。

 そして、クラスメイト達はそれぞれの席に座り始める。

「ま、こんなもんだろ?」

 振り返って翔也を見た。

「ありがとうございます。確か……」

 一花が達巳に礼を言う。二葉も三咲も軽く会釈する。

「ああ、小学校の時からの翔也の親友の北村達巳って言っても、二葉ちゃんとは、同じ部活動生だけどね……」

 そう言い残して、達巳は立ち去る。

 達巳が立ち去った後、彼のおかげで席が開いたところに翔也は、自分の席に座る。

(ま、これくらいは…いいか……)

 翔也にとって、達巳は唯一無二の親友であり、彼以外に自分のことを話した事がない。

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